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2004年3月 7日 (日)

「がんばれ」

「がんばれ」「がんばってください」という言葉が気になる。
「マラソン大会に出場する」と言ったら、たいてい「がんばって下さい」と言われる。また、42キロの間ずっと沿道から「がんばれ」と言われる。たまに「が んばってるよ!」と言い返したくなる時もある。マラソンはがんばるスポーツだから、まあしかたない。
「学会で発表する」と言ったら、学生から「がんばってください」と言われた。どやしつけてやろうかと思った。
小学校の音楽の時間、「がんばって歌いましょう」「がんばりました」を連発している先生を見たことがある。歌はがんばってうたうものか。
難病でほとんど回復の見込みのない患者に「がんばってください」と言う見舞客がいる。どうがんばればよいのか。残酷である。
「がんばれ」「がんばってください」は便利な言葉である。だいたいどこでも通用する。だからみんな安易に使う。しかし逆に言えばこれは「言葉の貧困」の裏 返しである。
例えば、楽器の指導をしている時つまずいている子どもに「がんばれ」という言葉をいくらかけても何の意味もない。まずきちんとつまずきを解消して、あとは 時間さえかければ必ず達成できる見通しができた時にはじめてがんばってが意味を持つ。見通しのない「がんばれ」は苦痛に感じることさえある。私は、「がん ばれ」が出そうになったら「何か他の言葉はないか」と考えることにしている。私も言葉が貧困なのでなかなか出てこないが、言葉を考えようとするだけで頭の 体操くらいにはなる。少なくとも教師を職業にしている人は「がんばれ」を禁句にするくらいのほうがよい。


にのみやそんとく(二宮尊徳) 私は、北九州の生まれである。家が若松高校の近くにあり校内でよく遊んでいた。その若松高校の玄関の前に二宮金次郎が背中 に薪(だったと思う)を背負って、本を読みながら歩いている銅像が建っていた。祖父が「こんな人になりないさい」と言っていた。農民の生まれであるにもか かわらず、勤勉のゆえに藩士となり藩の財政の建て直しに貢献したのがこの尊徳である。勉強して社会に役に立つ人間になる。当たり前のことなのだが、最近は 勉強は自分のためにするものでしかなくなった。損得勘定で勉強してはいけない。金次郎のようにがんばろう!(ありゃっ)


昨日夜は学生の送別会があった。いろいろ気持ちの整理をしたいことがあって家を出るのが遅れたら、幹事の学生から「早く来い」という電話がかかってきたの で出席した。人といっしょにいるのはつらかったので二次会にも行かなかった。私もたまにはこういうことがある。今日はもう元気だ。学生のみなさん、ごめん なさいね。

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