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2004年11月 9日 (火)

呼称 続き

昨日のメッセージで映画監督の山田洋次氏のことを山田洋二氏と書いた。書きながらなんかおかしいと思いながら確かめなかった。呼び捨て よりも失礼なことかもしれない。
・・・という訳で今日は(も)手抜きである。

昨日、「ゴミのような論文」というのを話題にしたら、ずいぶん反響があった。紹介したいがかなり差し障りがあるのでやめる。
ただ「じゃあ、おまえのは文は何だ?」と言われたら困るなあと思った。それで「毒ガス」と答えることにした。

次のようなメールもいただいた。
「今日の吉田.comを読みながら、世界中で一番自分に自信の無いのはアメリカ人なのかなと思いました。
だから、呼び捨てにしたり、ちゃん付けで呼んで、「お友達」であることを確かめようとする。
テレビ業界もそう。やたら、ちゃん付けで呼ばれて、親しそうに言われる。なんか利用されてる気がする。
ほんとの友情って、どんな議論をして、戦っても、その後に残るものだと思う。「淋しいアメリカ」はこれからどこに行くのだろう・・・・
人類のために本当に心配である」
そう言えば、昔「ロン」「ヤス」と呼び合って喜んでた首相がいたなあ。私はアメリカが嫌いな訳ではない(相当な反米主義者だという噂もあるが、それは誤解 である)。なんせ、明治の学校教育の黎明期にも、戦後の教育改革の時にも、学校音楽教育はアメリカには本当にお世話になっているのである。そういうアメリ カとは全然違うアメリカが今あるような気がする。といっても、一言で言い尽くせないのがアメリカである。


ひねくれない教育事典 【わ】

わたし・わたくし(私) 私とは何か? 私はなぜ存在するのか? かなり難しい問いである。子どもころにちょっとだけ悩んだことがある。ある先輩から次の ように言われた。「おまえは吉田孝だ。なぜ存在するかというと、おまえの父ちゃんと母ちゃんがセックスしたからだ。そんなことをを考えるよりも大事なこと は、おまえがこれからどう生きていくかだ」。そう言われて納得してしまい、それ以上問うことをやめた。ところが、この問いをずっと持ち続けそれを明らかに することを仕事にまでしている人がいる。哲学者である。もっとも手近な入門書(と言ってもけっこう難しい)がある。前にも紹介したかもしれない。
・永井均『<子ども>のための哲学』(講談社現代新書・1996年・700円)
ついでに言えば「自分だけが存在し自分以外のものは(自分の心の中にしか)存在しない」という唯我論(独我論)についても書かれている。これも子どもの頃 とらわれた考えである。しかし考え続けるのが面倒なのでやめた。
哲学者とは子どもときにもった素朴な問いをずっと持ち続ける人なのである。それが私(って何?)のような凡人とは違うところなのである。
そういえば私の身近な同僚も哲学を基盤に研究をしているのだが、毎日子どもみたいな嘘をついて喜んでいる純朴な人である。
という訳で「私とは何か?」と言われても何も答えられない私である。

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