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2006年12月 6日 (水)

言葉狩り

教育界には昔から「机間巡視」という言葉があった。この言葉は最近は使われなくなった。「巡視」ということばが、「巡視艇」などをを連想させ、「監視」という意味にとられるかららしい。それにかわって「机間指導」とか「机間支援」という言葉が使われているらしい。

先日ある実習の反省会で、学生が「机間巡視」と言う言葉を使ったら、ある先生から「今は机間巡視という言葉は使わない」と注意されていた。私の授業では平気で「机間巡視」という言葉を使っているので(もちろん確信犯である)、注意されたのは私のせいかも知れない。私は、この時に反論しようとも思ったが、そういう場ではなかったので断念した。

しかし、「巡視」という言葉を「指導」と言いかえるとおかしなことが起こる。机間を巡視する目的は、指導するためでも支援するためでもなく、まさに「視る」ためである。(1)自分の行った指示がわかっているかどうか、(2)指示した課題ができているどうかを視るのである。その結果、「A、B、C君の3人は課題の意味がわかっていないなあ。そのうちC君は指示を聞いていなかったな。D子さん、E子さんは課題に苦しんでいるな。F子さんにはやさしすぎたようだ」と言うようなことを判断するのである。その上で、個別に指導するか、もう一度全体に説明をするのかなどを判断するのである。はじめから、机間で指導していたのでは、他に指導しなければならない子の指導ができなくなるではないか。

私は、この先生のように言葉にこだわる人が嫌いではない。言葉は自覚的に使うべできである。しかし、単にイメージが悪いという理由で使わせないとすれば、言葉刈りになってしまうのではないか。その言葉のイメージがどうしても悪いというなら、もっと適切な言葉を考えるべきである。しかし、「巡視」と「指導」では明らかに意味が違うのである。教科によって、内容によって、教材によって、場面によって「巡視」が必要か「指導」が必要かを考えるべきなのである。この時に、「巡視」と言う言葉が使えないとすればとても不自由である。

私は今まであった言葉を十分に吟味もせず変えてしまうことに反対である。
「単元」→「題材」
「君」→一律に「さん」
「学習」→「学び」
「発達」→「育ち」
「痴呆症」→「認知症」
「教養教育」→「共通教育」→「21世紀教育」(弘大の方言)
「恒常的実習」→「Tuesday実習」(弘大教育学部の方言)
「テクスチャー」→「音の重なり」(学習指導要領の方言)

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