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今日は・・・

「今日は何の日か」ときかれるとあなたはとっさにどう答えるのだろうか。

「天皇誕生日!」 
こう答えた人は相当な、おじさん、おばさんである。

「みどりの日!」
まだ、こう答えた人が多い。

今日は「昭和の日」である。今年で3回目を迎える。「国民の祝日に関する法律」によると、昭和の日は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」となっている。一瞬だけでも歴史をふりかえり我が国の将来について思いをいたすことにしたい。

さて、関西学院大学は本日は授業日になっている。単純に授業日の確保のためだろう。現在のように祝日が増えると、授業日の確保が難しくなる。関学の場合、7月20日の「海の日」、9月21日の「敬老の日」、「敬老の日」と「秋分の日」に囲まれた9月22日の「国民の休日」、10月12日の「体育の日」が授業日になっている。こんなことができるのが、私学のよさである。

私は水曜日には授業がないので、ゆっくり休もうと思っていたが、、ある委員会が招集されたので出勤しなければならない。普通に事務処理をし、調べものをし、文献を読む。

ところで私は、2年前にもブログで「昭和の日」について書いていた。
http://www.takashiyoshida.com/cgi-bin/takachan/index.php?eid=211
昭和は遠くなりにけり。

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大学合併と新学部の発足(その2)

新しい職場に来て一月である。
あっという間に時間が流れたような気もするし、まだ一月かという気もする。

前にも書いたように、この教育学部は、聖和大学をキャンパスをそのまま使い、一つのキャンパスに聖和大学と聖和短期大学と関西学院大学教育学部の学生が混在している。教員にもいろいろ出自の人がいる。元から関西学院大学の教員、元聖和大学の教員(2年生以上の聖和大学の学生が卒業するまでは現在も聖和大学教員でもある)、聖和短大の教員、そして私たち新参者である。事務関係にも元から関西学院大学の職員と聖和の職員がいる。

予想されたことだが、いろいろな混乱がある。私たち教員でさえ事務書類をどこに持っていけばよいのかわからないことがある。いらだしく感じる場面もある。いろいろな部署の方の不満の声も耳にする。学生に対する対処の方法も文化の違いが現れている。一方では常識であることが、一方にはなかなか通じないということもある。それは、一定は仕方ないことだろうし、問題はだんだん解消されていくだろう。

ただ、私はこのキャンパスの2年生以上の学生、つまり聖和大学の学生の雰囲気が全体として気に入っている。言葉にはあらわしにくいが、建学以来の古き良き伝統に守られて、大切に育てられてきたと言う感じがある。廊下で顔を合わせた時の態度やチャペル・アワーでの行動などに現れている。だから、私は関西学院大に来たというより、聖和大学に来たという感覚のほうが強い。

「聖和大学」という名前はいずれなくなるが、「聖和キャンパス」という名称はのこる。名称と同時によい校風は続いてほしいと思う。小さな組織が大きな組織に飲み込まれるだけの大学合併にはならないでほしいと思う。

何だが他人事のような言い方だが、自分が何をすればよいのかまだよくわからない。

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さすがにきつい

いくら鉄道が好きでも、いくら2時間半しかかからなくなったとはいえ、東京・大阪日帰りはこの歳にはこたえる。

かえりの「のぞみ」の座席に座ったあとは何も覚えてない。終点の新大阪でまわりがゴソゴソしているので目が覚めた。

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新幹線でインターネット

関西に来て、はじめて上京した。東海道新幹線に乗ったのは久しぶりである。

新幹線座席の窓側には、電源コンセントがある。そして、無線LANも使える。私は HOT SPOT に加入しているので、簡単にネットとつながった。2時間半の間、メールを書いたり、ニュースを読んだり。

HOT SPOT はあまり使う機会がないのでやめようと思っていたが、これなら入っておく価値がありそうである。ただ、ネット中毒がますますひどくなるかもしれない。新幹線の中くらいは、コンピュータをすてよ・・・と天から声が聞こえてきた。

 

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草なぎ剛 逮捕

ちょっと、酒飲み過ぎて騒いだだけじゃない。
公然わいせつといったって、わいせつ物を見たのは警察だけだろう。「公然」と言えるか?

「罪」がつくような問題か。
なんかの拍子で、「逮捕」ということになってしまったのだろう。

・・・・と、酒飲みにはたいへん甘い私(^ ^;

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腫れもの

「腫れものに触るように・・・」ということはまったく無関係な話

1年くらいまえから背中に腫れものができている。皮膚には変化がないし、痛くもないし痒くもないので放っておいたら、少しずつ大きくなってきた。1月くらい前から、赤くなってきてさわると痛いし、痒くなってきた。いすの背がさわって痛いほどになったので、医者に見せた。脂肪腫に菌がついて化膿したようだ。

医者「切開するほうがいいでしょう」
私「痛いですか」
医者「少しは痛いでしょう」
私「麻酔をしますか」
医者「してもよいですが、麻酔の注射のほうが痛いです」

覚悟を決めて切開してもらった。切るときはたいしたことはなかったが、膿を出すときに涙が出るほど痛かった。背中だから見えないだけ幸せだった。

私「気をつけることがありますか」
医者「油ものとアルコールはやめてください」

少しなら良いだろうと、夜一杯飲んだら、とたんに傷口が痒くなってきた。血のめぐりがよくなったせいだ。

痛みはなんとかなるが、痒みにはかなわないのでアルコールはしばらくお休み。

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斎藤公子氏 逝く

本日付の朝刊(神戸新聞)に、斎藤公子氏の訃報が出ていた。

斎藤 公子さん(さいとう・きみこ=保育実践家)16日午前8時、虚血性心疾患のため埼玉県深谷市大谷2268の3の自宅で死去、88歳。島根県出身。葬儀・告別式は21日午前11時から深谷市上柴町東3の14の1、さいたまセレモニーホール深谷で。喪主は長男佐藤幸紀(さとう・ゆきのり)氏。

子どもに絵を描かせて発達の様子を見たり、ピアノ伴奏に合わせて体を動かすリズム遊びをさせたりする手法が共感を呼び「斎藤保育」として各地の保育園で実践されている。

懐かしい名前である。民間教育研究団体の音楽教育の会とも関係されていた(木村次郎作詞、丸山亜季作曲「チポリーノの冒険」は、氏が園長をしていたさくら・さくらんぼ保育園の園歌である。昔は、この歌の題や作曲者の名前を聞くと、音楽教育関係者は目を輝かせるか眉をひそめるかしたのだが、最近は「知らない」という人ばかりになった)。

若い頃に氏の書かれた著はたくさん読んだ。少し探したら、本棚から次の著が出てきた。

斎藤公子『さくらさくらんぼのリズムとうた --ヒトの子を育てる保育の実践--』群雄社,1980

一度実践を見に行きたいと思っていたのだが、かなわなかった。ただ、その「斎藤保育」の影響を受けた実践を見せてもらったことはある。あるところにその実践を書いたが、とても書ききれなかった・・というよりその実践をきちんと受け止めることができなかった。

斎藤保育は氏自身の深い身体論に支えられているのだが、その身体論を私自身が理解することができなかったのである。音楽教育研究においても最近身体論が盛んに唱えられるようになった。日本音楽教育学会の『音楽教育実践ジャーナル』の最新号の特集は、身体論「音楽する身体」である。どれも秀作だが、斎藤氏の身体論にふれたものはない。と言うより、日本音楽教育学会関係では(私の記憶する限り)とりあげられたことがない。

斎藤氏の身体論と音楽教育論。誰かがきちんと整理する必要があると思うのだが。

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ミソもクソも

東京オリンピックの招致のために、東京都はIOC委員に東京の水道水を詰めたペットボトルを贈ったことが、報道されている。東京の水道水は飲料水としても安全に使えることを宣伝するためらしい。

私たちは子どもの頃からそれに慣れてしまっているから当たり前だと思ってしまうのだが、実はこれは相当な無駄をしているのではないだろうか。私たちは、水道から出る水を、そのまま生で飲み、料理に使い、それで手や食器を洗い、洗濯・掃除をし、風呂を沸かし、最後はウンコまで流している。言い換えれば、直接生で飲めるところまで浄化した高級な水でウンコを流しているのだ。

私はあまり外国旅行をしたことはないので詳しくないのだが、水道水を飲料水として飲める国は少ないのではないだろうか。おとなりの韓国でも飲料水はペットボトルで売られていた。日本には水が豊富にあるので、水資源の無駄遣いとは言えないだろうが、ここまで浄化するには相当なエネルギーと金がかかっている(それでも日本の水がきれいだからそれができる)。全体としては資源の無駄遣いをしていると思うのだが、このことはあまり問題になっていないようだ。

と言っても、日本人がいまから後戻りすることはできないだろう。まあ、飲料水でウンコを流すことができる幸せをかみしめていくことにしよう。そして、少なくともペットボトルの水を買うなんていうことはやめることにしよう。

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相対音感

徒歩通勤にもだいぶ慣れてきた。1時間15分でたどりつくようになった。それでも最後の坂はきつい。

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その通勤の途中。小学生が集団登校ながら、例のYAMAHA音楽教室の歌をうたっていた。

そーはみそはみれ そーはみそはみれ
どれみはそーらは みれど

キーを確かめたら(携帯の通話ボタンを押してGの音を聴く)、B♭だった。
相対音感が育っているというより、普通の子には自然なことなのだろう。

これを「気持ちが悪い」と自慢する人がいたが・・・・・・

ふぁーみれふぁみれど ふぁーみれみれど
しどれみふぁそみ れどし

だと、気持ちがよいのだろうか。

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心の教育?

関西学院大学のホームページに、横山利弘教授の「心の教育って何?」という記事が掲載されている。
この記事は、日本航空(JAL)グループの機内誌『SKYWARD』の2009年4月号の「関西学院大学スカイセミナー」という1頁広告にも掲載されているので、多くの人の目に触れていると思う。

全体の主張は別として、最後の次の言葉だけはいただけない。

学校では心の教育と言いながら、行動の指導や言葉づかいの指導に終始していることが多いのですが、心の教育という以上は、知・情・意の働きに目を向けた指 導をしなければならないと言えます。たとえば子どもをほめるときも、行動をほめるのではなく、心の方をほめるのが大切なのです。

反対である。
私たちも簡単に人の心をほめることがある。「やさしい人だ」「意志の強い人だ」などである。しかし、それはあくまでもその人の言葉や行動のいくつかを見て、それらをたばねて「やさしい」「意志が強い」などのラベルをはっているだけなのだ。心をほめているのではなく、言葉や行動をほめているにすぎないのだ。

自分自身のことを考えてほしい。ある言葉を発する時、あるいは自分の行動について意思決定する時に、自分の心の状態は他人がほめたりできるほど単純か。「やさしい行動」をしている人間の心の状態が常にやさしいとは限らない。私は、電車の中で「くそばばあが、こんな混雑した電車にのってくるなよ」と思いながら、老人に席を譲ることがよくある。どんなに「いけすかん学生だ」と心の中で思っていても、指導はきちんとする。学生と接するときには、わたしの心が冷静であると学生に見えるように努力している。重要なのは、私の心の中の状態ではなく、他人に見える私の行動である。

子どもの行動も同じである。子どもといえども、心の中ではそれなりにいろいろ葛藤しているのである。しかし、それまでの学習と意思決定の結果として言葉や行動が出てくるのである。例えば、心の中ではどんなに「嫌いな奴」と思っても、言動にはそれをみじんも出さない子どもは立派な子どもである。心ではなく、結果として表れた言葉や行動のほうがはるかに重要なのである。だから、その言葉や行動が重要であることを教えなければならないのである。心ではなく、言葉づかいや行動をほめるべきである。l

横山氏とはいずれどこかでお会いすることがありそうである。いつかこの疑問を投げかけてみたい。

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せこくない?

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阪神タイガース選手の袖に付いている Joshin ロゴワッペン

関西中心の大規模な家電量販店の上新電機で買い物をした時に、おまけにもらった。「非売品」だそうである。商品を買わせて、さらに店の宣伝までさせる気?

と言いつつ、自分も宣伝してしまったような(^^;

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歩く

私の住んでいるところは阪急神戸線の武庫之荘駅から歩いて5~6分のところ。職場はその武庫之荘から一駅西の西宮北口で今津線に乗り換えて、一駅北にある門戸厄神で降りてから徒歩15分。徒歩の最後が急坂で息が切れそうだが、家から30分で着く。

だが、メタボがひどいので、行きは歩くことにした。途中、舗装されていない武庫川べりを歩くのがとても気持ちよい。1時間30分で大学に着く。

職場の人の話を聞くと、電車やバスを使って1時間30分を超える人もたくさんいるそうだから、このくらいは頑張ってもよいかもしれない。それに、少し体重が減ったらまたマラソンのトレーニングも始めたい。

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若松

九州が近くなったので、思い立って生まれ故郷の若松(北九州)に行ってきた。おじに会うのが目的だった。
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私は小学校3年生まで若松で暮らしたのだが、そのころに若戸大橋の工事がはじまった。完成したのが1962年で、もう50年近くたった。
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若松と戸畑間を約5分足らずで渡す渡船。若戸大橋ができてから一度は廃止されたが、住民の要望で復活した。現在は若戸大橋には歩道がなくなったので、不可欠な交通手段となっているようだった。料金は100円だった。

若松も戸畑もすっかり変わっていたが、この風景だけは何も変わっていなかった。

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某所にて(昨晩のこと)

ここに来たのははじめてだ。
結果も最高
大いに盛り上がったhappy01

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キリスト教主義

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ばたばたしている間に、こんなにしっかりした顔つきになっていた。
「丈太郎」と名付けたそうだ。"アシタのジョー"だな・・・・

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関西学院は、知る人ぞ知る「キリスト教主義」の学校である。かつては「ミッション・スクール」と呼ばれたが、現在ではミッション(宣教)が目的ではないので、キリスト教の考え方に基づいて学校教育を行うという意味で「キリスト教主義学校」と呼ばれる。キリスト教主義といっても、「学校」という制度的な存在である限り、学校教育法や関連法規である大学設置基準、学校教育法施行規則、学習指導要領(小・中・高の場合)などの法的拘束力を受ける。

教員の日常生活の中にもキリスト教は入り込んでくる。すでに紹介したように、さまざまな式典は礼拝形式で行われる。昨日はじめて教授会があったが、教授会の前には祈りがある。それに毎日10:35~11:05分はチャペル・アワーとなっていて礼拝が行われる。教員も学生も出席が強制されるわけではないが、音楽関係の教員は輪番で奏楽を担当しなければならない。私にもすでに当番が与えられていた。

実は、このことで私には、ほろ苦いというか、すまないというか・・そういう思い出がある。私が最初に赴任した学校は、キリスト教主義の学校だった。やはり同じようにチャペル・アワーがあった。音楽の教員はやはり礼拝の奏楽を担当していた。私は、当時キリスト教に対して少し反発していたのだが、「職務」と割り切って奏楽をこなしていた。ただ、礼拝のあとで宗教の先生から「先生、奏楽のご奉仕をありがとうございました」と言われるのが、たまらなくいやだった。「奉仕ならやらない。職務だからやるのだ」と心の中で思っていた。それで何度が奏楽をしたあと「これは奉仕ですか、職務ですか」とたずねたことがある。その先生が、少し困った顔をされていたの思い出す(今考えると、ちゃんと答えはあったのだと思う)。私も若かったのだ。

関学のスクール・モットーは、"Mastery for Service"。ここでは「奉仕か職務か」という問いそのものが生まれようがない。 キリスト教主義とどう向かい合うか。私にとってはそれなりに重要な問題でもある。

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英語音名を使う

新学期の授業も開始している。すでにかなりの学生とコミュニケーションをとったが、これまでつきあってきた大学生とそれほど大きくはかわらない。教職を目指す学生にはよい意味での共通性がある。

新教育学部は1年生だけだから、「音楽科教育法」「子どもと音楽」といった私の専門とする科目は開講されていない。前期は「リメディアル器楽」という、初心者向けのピアノの授業を7クラス持つ。

さっそく考え込む。ピアノの初心者に「音名」をどう教えたらよいか。五線上中央のCの音をさして、「この音の音名は?」とたずねると、全員が躊躇なく「ド」と答えた。しかし、ドレミを音名として使うと将来必ず混乱する。
いろいろ考えた末、混乱の少ない英語音名を使うことにした。そして次のように説明した。

音の固有の高さを表す名称を音名と言います。
音名として、この授業では英語音名ABCDEFGを使います。
当面は、「ドレミ」は使いません。

さらに、英語の音名を使う理由として次のような説明をした。

(1)小中学校では、ドレミは移動する名称として使う場合がある(「ドレミの歌」を変ロ長調で演奏してきかせたりしながら説明した)。
(2)簡単な伴奏ができるようにするために、2年次以降にコード・ネームを学習する。その時にのためには、英語音名になれておくほうがよい。

また、ト音記号は英語の G-clef の、へ音記号は英語の F-clef の訳語であることなども説明した。ここまで説明すると、学生たちは英語音名を使う訳を納得してくれたようだ。

当分はいろいろ試行錯誤しながら授業をすすめていく。時々報告したい。

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退職のごあいさつ

少しさかのぼるが、3月18日に弘前大学の教授会で行った退職のあいさつの原稿のファイルが出てきた。「○○○○の丈とスピーチは短いほどよい」という。かなり短くしたつもりだが、それでもまだ長いのかも知れない。

2001年11月1日付で赴任し、7年5ヶ月の間お世話になりました。
私は研究・教育においてはほとんど貢献できたと言えませんが、皆様とは公私にわたりたのしくお付き合いをさせていただきました。大変ありがとうございました。

実は私は1日に1つしか仕事ができないほど愚図で怠け者です。また教育学部で2番目に研究室がきたいないと言われるほどずぼらです。そのために音楽教育講座をはじめ多くの先生方にたいへんご迷惑をおかけしました。事務の方々には、書類の提出を忘れたり、遅れたり、間違ったり、なくしたりと、それ以上にご迷惑をおかけしました。深くお詫びするとともに、なんとか無事に勤めることができたのは、先生方、事務関係の方々の寛容さのおかげと感謝しております。

さて、私はこれから、私立大学で引き続き教員養成の仕事をします。最近、これまで国立大学教育学部の独占状態であった小学校教員養成に、私立大学が参入してまいりましたが、私が赴任する大学もこの例にもれません。国立大学教育学部とは激しい戦いになることが予想されます。スポーツの世界で師匠を負かすことを「恩返し」をすると言いますが、弘前大学で身に付けたノウハウを生かして、しっかり恩返しができるように仕事にはげみたいと思います。

最後になりますが、弘前大学教育学部と先生方のますますのご発展を祈って私のごあいさつといたします。ありがとうございました。

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大山鳴動して

「大山鳴動して鼠一匹」とはこのことを言う。北朝鮮による「人工衛星の打ち上げ」である。
無法者の生徒一人のために学校全体が振り回されている光景とよく似ている。しかし、この無法者の生徒の扱いが難しい。

なだめすかしてご機嫌をとるような方針はもちろんいけない(かつてはそういう主張もあった)。だからと言って、力で押さえつけるだけでもいけない。そうすると何をやってくるかわからない。とくにやけくそになった時がこわい。

この無法者にどう対処するのか。指導者としての力量がためされる。
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この土曜日に、西宮北口駅のそばにある阪急西宮ガーデン(旧阪急ブレーブスの本拠地だった西宮球場跡地にできた大きなモール)に出かけてみた。館内のレストランはどの店も順番を待つ人の列ができている。「本当に日本は不景気なのか」と疑いたくなるほど、どの店も賑わっている。もちろん「ミサイル」問題の影などどこにも感じられなかった。

結局、何があっても、人それぞれに日常がある。それだけのことかもしれない。

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大学合併と新学部の発足

この4月1日から、関西学院大学教育学部で働くことになった。

もう4年前になるが、はじめて私立大学どうしが合併することが報道され、マスコミでも少し話題になった。兵庫県西宮市にある関西学院大学と聖和大学である。どちらの大学もキリスト教主義を基盤にした大学であり、歴史的にも深い関係のある大学である。二つの大学が合併して、聖和大学教育学部と関西学院大学文学部総合心理学科臨床教育学専修を基盤にして生まれたのがこの関西学院大学教育学部である。そしてこの学部では、新たに関西学大学でも聖和大学でもやってこなかった小学校教員養成を行う。私は、そのためのスタッフの一人である。正直いって、合併が話題になった時に、まさか私がかかわるとは夢にも思わなかった。

この学部の教員は、大半が聖和大学教員、ほかに関西学院大学のいくつかの学部から集まった教員、そして私のような新参者の三者によって構成される。教育学部のキャンパスとして聖和大学をそのまま使い、関西学院聖和キャンパスと呼ぶ。

「合併」と一言で言うと簡単だが、ここまで来るには大変な道のりだったらしい。そのことは、柴田芝田新学部長(関西学院社会学部から教育学部に転任)の新任教員歓迎会での挨拶や新入生への学部入学式の式辞にあらわれている。そして、これまで違った道を歩んできた三者が一緒にやっていくのだから、これからも大変なことがあるだろう。今日も、午前中に"文化の違い"にとまどう場面があった。

また、学生の構成も複雑である。まずこのキャンパスの2年生以上は、聖和大学の所属である。あと最短でも3年間は聖和大学が同じキャンパスの中に残る。また、聖和大学短期大学部は、関西学院聖和短期大学としてそのまま存続する。従って、同じキャンパスの中に聖和大学、関西学院大学、聖和大学短期大学部、聖和短期大学という4つの種類の学生のグループが混在することになる。

研究室にはまだ書棚がない。だから、引っ越しの荷物を出すことができない。だから、新しい授業の授業の準備にも、研究にも取りかかれない。それでも、コンピュータのネットだけは通じた。すでにメールが使える環境になっている。2日間ばたばたしているが、はやく日常をとりもどすことが今の私の課題である。・・・・ちっともひねくれていない今日この頃

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新年度

新年度である。そして今日から新しい職場での仕事がはじまる。
5回目の職場である。さすがに若いときのような緊張感はないが、それでもさまざまな期待、不安がある。

今日は入学式。新学部に入学してくる学生たちとの出会いが楽しみである。

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