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キリスト教主義

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ばたばたしている間に、こんなにしっかりした顔つきになっていた。
「丈太郎」と名付けたそうだ。"アシタのジョー"だな・・・・

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関西学院は、知る人ぞ知る「キリスト教主義」の学校である。かつては「ミッション・スクール」と呼ばれたが、現在ではミッション(宣教)が目的ではないので、キリスト教の考え方に基づいて学校教育を行うという意味で「キリスト教主義学校」と呼ばれる。キリスト教主義といっても、「学校」という制度的な存在である限り、学校教育法や関連法規である大学設置基準、学校教育法施行規則、学習指導要領(小・中・高の場合)などの法的拘束力を受ける。

教員の日常生活の中にもキリスト教は入り込んでくる。すでに紹介したように、さまざまな式典は礼拝形式で行われる。昨日はじめて教授会があったが、教授会の前には祈りがある。それに毎日10:35~11:05分はチャペル・アワーとなっていて礼拝が行われる。教員も学生も出席が強制されるわけではないが、音楽関係の教員は輪番で奏楽を担当しなければならない。私にもすでに当番が与えられていた。

実は、このことで私には、ほろ苦いというか、すまないというか・・そういう思い出がある。私が最初に赴任した学校は、キリスト教主義の学校だった。やはり同じようにチャペル・アワーがあった。音楽の教員はやはり礼拝の奏楽を担当していた。私は、当時キリスト教に対して少し反発していたのだが、「職務」と割り切って奏楽をこなしていた。ただ、礼拝のあとで宗教の先生から「先生、奏楽のご奉仕をありがとうございました」と言われるのが、たまらなくいやだった。「奉仕ならやらない。職務だからやるのだ」と心の中で思っていた。それで何度が奏楽をしたあと「これは奉仕ですか、職務ですか」とたずねたことがある。その先生が、少し困った顔をされていたの思い出す(今考えると、ちゃんと答えはあったのだと思う)。私も若かったのだ。

関学のスクール・モットーは、"Mastery for Service"。ここでは「奉仕か職務か」という問いそのものが生まれようがない。 キリスト教主義とどう向かい合うか。私にとってはそれなりに重要な問題でもある。

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