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2009年5月11日 (月)

焦点

あるところで、「焦点をあてる」という文が問題になった。

もちろん、写真を撮っている場面について語っているわけではない。話題(研究・学習でもよい)の範囲が広すぎるので、その範囲を狭めることを言っているのである。それを写真を撮る場面になぞらえる比喩表現(擬物表現)の一種である。

しかし、写真を撮る場合に、「○○焦点をあてる」と言うだろうか。写真を撮る場合には、「○○に焦点を絞る」「○○に焦点合わせる」である。つまりファインダーに見える全体の中のある1点がもっともくっきりと写るようにレンズを調整するのである。この場合に「焦点をあてる」と言うのは少し無理がある。

ただ、「焦点を当てる」と聞いてもほとんど違和感がないのは、もともと比喩的な表現であったものが当たり前のように使われることによって、比喩的表現の前提となる「擬物性」が意識できなくなるからである。例えば「的を射た発言」は、発言の的確さを「弓で的を射た」と比喩しているのだが、この表現に慣れた私たちは実際に矢が的に当たった場面を想像することを省略する。だからそれが「的を得た発言」と誤用されてもなんら違和感を感じなくなるわけだ(的を持ち帰る場面を想像すれば誤用だということに気づくはずなのだが)。

「焦点をあてる」は私も無意識で使って来た。そして、私の場合ひどいことに「焦点をあてて」を使うときは、かえって焦点をぼかしている場合が多い。つまり、自分が何について何を主張したいのを明確に書く自信がない場合に、「焦点をあてる」などというこけおどしの言い回しをしてしまうのだ。

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