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おとうと

昨日は午前中少し寝たら、少し元気になったので映画の試写会に出かけた。映画について書くのは苦手だが(何について書くのも得意とは言えない。音楽について書くのはもっと苦手である)・・・

山田洋次監督、吉永小百合主演「おとうと」(松竹)

山田監督だし、主演が吉永小百合だから当たり外れはない。笑福亭鶴瓶の演技はわざとらしいが、それがまた役にぴったりはまっている。

誰でも身内に一人二人の厄介者を抱えている。そんな厄介者が家族の小さな幸せを壊したり脅かしたりする。そんな厄介者を際だたせた物語である(寅さんの逆と考えらよい)。幸田文の原作らしいが読んだことがない(ちなみに幸田文は幸田露伴の娘である。また明治期の洋楽受容史に登場する幸田延は露伴の妹である・・・また脱線した)。

例によって、笑いと涙をさそう山田流演出である。私は、この種の映画を観る時には、フィクションと思ってこの演出に埋没することにしている。大いに笑い泣いた。

しかし、後味がよくない。以前から厄介者である弟が、姉の娘の結婚式に突然やってきて酒に酔って結婚式をぶちこわす。次はその弟にお金を貸したという女がやってきて、姉は130万の借金を肩代わりしてやる。一度は姉弟の縁を切るが、姉は行方不明になった弟のことを心配し、行き倒れになった弟の最期を優しく看取る。なぜここまでやるか。やらなければならないのか(弟は寅さんと似ているが、寅さんに対するようには共感できなかった。腹立たしいだけだ)。

もちろん姉弟にはそれなりの歴史があったはずだが、それが映画の場面からは見えてこない。ともに50歳を越えたところから物語がはじまるからだ。姉の弟に対するうしろめたさを暗示させるような言葉が出てくるが、説得力がない(これを映像で描くのは大変だろう)。説得力がないから、映画を観た私には姉の優しさが押しつけがましく感じる。これが後味の悪さかもしれない。

とはいうものの、家族についていろいろなことを考えさせられる。観ておいて悪い映画ではない。それに控えめだが、冨田勲の音楽がよい。すべて電子音で生の音はまったく使って使っていなかったようだが。吉永小百合はいつもよい。

一般公開は1月30日(土)からである。

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夜は「龍馬伝」を観る。第1回目のようにおもしくない。龍馬がスーパーマンになっているからだろうか。

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コメント

私にとっての家族は、自分が本当の自分でいられる場所ですね。
ちなみに、私は山田洋次監督の描く武士の生き様が大好きです。

投稿: たんたかたん | 2010年1月26日 (火) 00時43分

たんたかさんようこそ。
「自分が自分でいられる場所」
うーん。私はどこでも自分は自分と思っています。

家族といる私、一生懸命研究している私(めったにない私)、酔っぱらっている私(いつも)、一人で考え込んでいる私、ボーっとしている私、職場で気を使っている私(ほとんどない私)、猫をかぶっている私・・やはり私は私です・・・・・何が言いたいんだか・・・

投稿: 吉田孝 | 2010年1月26日 (火) 16時39分

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