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走る意味

スポーツの話しばかりで恐縮である。

ランニングからだいぶ遠ざかっている。走りたいとは思うのだが、足が一歩でない。そこで、本でも読んで、気持ちだけも走ってみる。

金哲彦『はしる意味・命を救うランニング』(講談社現代新書・800円)

明日東京で会議。午前中からの会議なので今日から上京する。

金哲彦さんは、在日朝鮮人(この「朝鮮」は北朝鮮でも韓国でもなく、戦前から続いていた国籍。後に韓国籍)。早稲田大学出身で大学時代は箱根駅伝で活躍した。また社会人としてはリクルートの選手、コーチ、監督をつとめ、現在は市民ランナーの指導や解説にあたっている。私は、2003年のサロマウルトラ100キロマラソン(完走したんですよ)の時に、ゲストランナーとして挨拶されたのを覚えている。

金さんはいう。

体力があって時間があれば、誰でもいくらでも、速く走ったり遅く走ったり、走りながら大地を踏みしめて空気の匂いをかぎ、景色を眺めたりすることでしょう。走るということは、そんな人間の根源的な生きるという欲求を満たし、深い喜びをえられる行為なのです。

この言葉は実感できる。この言葉が実感できる自分がとてもうれしい。

しかし、この本からは日本のスポーツ界のいろいろな問題も見えてくる。金さんはそれを決して批判がましく書かないのだが、事実だとすればずいぶんひどい話だ。

例えば、早稲田大学の監督として有名だった故中村清監督は、金さんに国籍上の問題で干渉し、それを金さんが受け入れなかったことで、金さんを一線級の選手からはずし、相手にもしなくなったそうだ。金さんはそれでも「中村監督を尊敬している」というのだが、ずいぶんひどい話しである。

私は、この中村監督が生前にテレビのインタビューに答えたり、学生選手に話しをしているのをテレビで観た記憶があるのだが、ずいぶん横暴な人だなあという印象をもった記憶がある。そのときの印象は、金さんの言葉でも裏付けられた。

この本には、金さんの前にリクルートの監督であった小出義雄さんや選手であった高橋尚子さんのことも出てくる。こういうことがあったのかとは思うが、あまり後味のよい話しではない。

ただ金さんは、とても忍耐強く、そして強い意志をもった人だということがよくわかる。わたしももう一度フルマラソンを走りたい。そしてどこかで金さんにまたお目にかかりたい。

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