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揚げ足

『現代教育科学』(明治図書)2月号特集は、「『伝統と文化』教育で日本文化を見直す」。

いろいろな主張が行われている。主張に対して言いたいことはある。しかし今回取り上げるのは、中点の多用についてである。

巻頭の梶田叡一氏の論文のタイトルは「伝統・文化の教育の復権と振興」。特集のタイトルは「伝統と文化」だったのが、「伝統・文化」に変わっている。また梶田氏は本文で「こうした動きの中で重要なポイントになっているのが、『文化的伝統の教育』である」と述べる。「伝統と文化」と「伝統・文化」と「文化的伝統」は同じなのか異なっているのか。こうなると梶田氏が「伝統」「文化」をどのような意味で使っているのかがわからなくなってくる。

毛勝雄氏の論文タイトルは「『漢字・かな』」自体が日本の伝統と文化である」。ところが、本文では「ようやく『伝統・文化』が示された」として、わざわざ括弧書きして中点を使っておられる。また、まとめの主張では「『漢字・ひらがな』こそ伝統文化である」になっている。「漢字・かな」が「漢字・ひらがな」になり、「伝統・文化」が今度は「伝統文化」になっている(カタカナは伝統・文化ではないのだろうか)。国語についての主張であるのに、これほど言葉の使い方がぶれてよいのだろうか(自分のことは棚に上げている)。

次の永添祥多氏の「「伝統と文化」の教育が学校にもたらす無限の可能性」では中点がもっと多用される。論文タイトルは「伝統と文化」になっているのに、本文では「伝統・文化」。そして「児童・生徒の変容」「達成感・成就感の獲得」「礼儀・マナーの習得」「能力・態度の育成」「教員の資質・能力の向上」「諸国家・諸民族との共生」とまるで中点のオンパレードである。

そもそもこの中点を使う習慣は日本語の伝統と文化に合ったものなのだろうか(私も無意識に多用する)。国語審議会の席上でも「審議会内部の委員会報告の中に中点が多くて読みにくい」という笑えない発言があったという。私も実は学校の国語では習った記憶がない。ワープロの産物ではないのだろうか。市毛氏は「教員志望者の卒論は万年筆で手書きさせよ」と主張しているのだが、市毛氏のこの原稿は手書きだったのかワープロだったのか。

自分のことはもう一度棚に上げるが、これだけ言葉の使い方がぶれると、主張そのものが信用できなくなる。そして門外漢のコモノから揚げ足を取られることになる。

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昨日は大学で小さな研究会と教授会。教授会はさっと終わった。
今日はある委員会。ところで関学では、委員会の責任者を「委員長」ではなく「コンビナー」と呼ぶ。副責任者は「サブ・コンビナー(こういうときに中点は便利である)」である。関学の伝統でもあり文化でもある。

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コメント

お役所言葉には中黒が多いように思いますね。
「教科・科目」とか。
本来、中黒は、同列に扱われるべきものを並列する時にだけ使われるはずですが、誤用も多いように思います。

投稿: compUT/OSer | 2010年2月10日 (水) 19時14分

compUT/OSer さん
私も、これから気をつけます。

投稿: 吉田孝 | 2010年2月11日 (木) 06時28分

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