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「頑張って」

県北の方に行って来たユ。食べ物もうまかったガニ。

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朝青龍が引退。

私は「品格」なんていう言葉は嫌いだ。そんなものは自分が努力すればよいのであって、他人に求めるものではない。横審の面々(とくにあのご婦人)や相撲協会の親方衆に「品格」があるか。本当に品格のある人は、「品格」という言葉を軽々しく口にしない。

ただ、今回の事件は刑事事件だから仕方ない。相撲協会が処分を下すべきだった。

私は、朝青龍がこのまま大横綱として成長するか、あるいは朝青龍を負かす日本人力士が現れるか、どちらかを期待していたのだがどちらもできなかった。こういう形でしか決着がつかなかったことが残念である。これからしばらくは、白鵬の時代が続くだろう。

ところで、スポーツ各紙の報道によると、朝青龍が暴力をふるった原因は、「横綱、頑張ってください」と言われて、「横綱に対して、頑張ってとは何だ!」と切れてしまったからだとか。

こんなことで暴力をふるうのは許されない。しかしこの「頑張れ」という言葉によって、言われた人がいつも頑張る気持ちになる訳ではないこと、あるいは逆効果になることがあることも知っておかなければならない。

第一は、病気などで絶望の淵にある人、あるいはこれ以上できないというところまで努力をしたのに成果が出ずに苦しみもがいている人に対しての「頑張れ」である。それで勇気づけられる人もいるかも知れないが、たいていは「これ以上何を頑張れというの」ということになる。その人にとっては無責任な言葉にしか聞こえない(精神疾患がある人には、「頑張れ」は禁句となっているそうだ)。

第二は、その道の第一人者、あるいはプロフェッショナルに対して、それよりも下位の人が「頑張ってください」と激励する場合である。演奏会を控えたピアニストに弟子が「先生、頑張ってください」というのは失礼である。学会発表の前に、学生から「発表頑張ってください」と言われたことがある。私はこれで切れたりはしないが、「ああ、この学生は学会発表を<頑張る>という言葉で表せるようなものだと考えているのだなあ」と悲しい気持ちになった。上の者に対して下の者が「頑張ってください」というのは言葉づかいとして誤っているのである。

第三は、バカの一つ覚えのように「頑張れ」を使う教師である。よい指導者は決して「頑張れ」を使わない。よい指導者はその時々の状況に応じて適切な助言をするのである。「頑張れ」の多い教師はプロではなくアマの教師である。例えば音楽の先生がつまづいている子どもに「頑張って練習しなさい」というのはほとんど無意味である。子どものつまづきの原因を見つけ、それを克服するための適切な言葉を見つけるのが教師の役割である。これは何の指導であろうと同じである。「頑張れ」と口に出す前に、他の言葉はないかを考えてみることが重要である。・・・といいつつ、私もやっぱり「頑張れ」を多用している。

「頑張れ」は安易な言葉である。だからすぐ口をついて出る。その安易な言葉が人を傷つけたり、気分を害したり、使った人の評価を下げたり、大騒動の引き金になったりすることがあることをいつも自覚しておくべきである。

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今日も入学試験が行われている。

受験生諸君、頑張れ ←無意味でしょ!

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