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京都見廻組

なぜ、京都見廻組が「音楽」のカテゴリーなのか。

坂本龍馬が誰に殺されたのかについては諸説がある。新撰組説、薩摩説、土佐藩内の内輪もめ説・・・。だが、現在もっとも有力な説は、京都見廻組説である。京都の警護にあたっていた見廻組が幕府の公務として坂本龍馬を捕縛しようして殺害に至ったのであり、その時の隊長が佐々木只三郎、実際に手を下したのが今井信郎であるとする説である。

というのは次の本の受け売りである。
菊地明『京都見廻組史録』(人物往来社、2005年、3800円)

この本は京都見廻組が誕生してから終焉を迎えるまでを描いたものだが、その最後におもしろい名前が出てくる。見廻組はその後、「突撃隊」「狙撃隊」と改称するのだが、最後の隊長が岩田織部正である。岩田は主戦論者だったのだが、最後の最後で帰順して(そうする以外に道はなかったのだ)、見廻組5年間の歴史を終える。

ここまでが見廻組の話であるが、この最後の隊長の岩田織部正が明治期の洋楽受容史に脇役として登場する岩田通徳である。時間がなくなったので続きはまた明日。

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