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高い音? 低い音?

周波数の大きい音を「高い」音、小さい音を「低い」音というのは何故か。このことがよく話題になる。

このことに関連してある記述を思い出した。元禄時代に中根璋(字は元圭)という和算家がいてこの人の書いた書に「律原発揮」(1692)がある。音律に関する書である。これも江崎公子編『音楽基礎研究文献集』(大空社・1990)に収録されている。そこに、次のような一文がある。もとは漢文だが書き下す(読点も私)。

璋(あきら)案ずるに、上生すべきものを強(しい)て下生しむれば、其の生じ来る律の長さは本律の半を得、下生すべきものを強て上生しむれば、其の生じ来る律の長さは本律の倍を得。
古に謂ふ所の全律半律とは此を謂ふなり。且つ、試みに空円平均の者二管を截(たち)て其の短管は長管の半の如く、例ば長管四寸短管二寸の類、之を吹て其の音を考るに、高下有りと雖も皆一律に帰す。然るに三分増損の法に依ば則ち仲呂は三分して一を益せば亦当に再び黄鐘を上生すべし。

中国では音管の長さを決めるのに基準の管の長さの2/3倍の管や4/3倍の管をつくり、これを次々に繰り返すことで音の高さを決めていった。これを「三分損益法」といった。この文中の「上生」とは「三分損益法」ので3分の1益すること、すなわち基準の4/3倍の長さの管をつくることをいう。また、下生とは三分損すること、すなわち基準の2/3倍の長さの管をつくることをいう。

上の文を少し分かりやすく書き直すと次のようになる。

璋は次のように考える。上生する(管を4/3倍する)べきところをあえて下生すれば(2/3)にすれば、その長さは半分になる。逆に下生すべきものを上生すればその長さは倍になる。昔から言われてきた「全律」「半律」とはこのことである。試しに、内径の一様な二つの管を切って、短い方を長い方の半分の長さにする。例えば、長い方を四寸、短い方を二寸にしてこの管を吹いて音を出してみる。高い低いの違いはあるが、どちらも同じ律の音である(オクターブは同じ音であることをいっている)。したがって、三分増損(損益)法によれば、仲呂(チュウリョ・西洋のGに近似)の管の長さの4/3倍の長さの管をつくれば、再び基準音である黄鐘(コウショウ・Dに近似)の音が生まれる。

元圭が言いたかったことはこのあと(平均律の主張)にあるのだが、ここで注目したいのは上生が音を高くすることではなく管を長くするという意味であることだ。では、つまり「上る」は今でいう低音をつくること、下るは今でいう高音をつくるということになる。「高下ありと雖も」の高はどうか。下が短いと言う意味であれば、「高」は長い、つまり今でいう「低い」という意味になる。今とまったく逆だったことになる。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

うちの学校でお願いしている三味線の先生は、バイオリンで言うところのポジションが上がる動作を「下がる」、逆を「上がる」とおっしゃいます。
物理的な上下でおっしゃっているようなのですが、混乱します。
コントラバスだって、「ハイポジション」は物理的には下の方ですからねえ。

投稿: compUT/OSer | 2010年6月19日 (土) 08時01分

そうなると、私たちが周波数の多い音を「高い」と感じるのは、後天的に獲得した感覚だということになりますか。

私は自分の感覚では、先天的な感覚だと信じて疑わなかったのですが。

投稿: 吉田孝 | 2010年6月19日 (土) 08時39分

私も先天的だと思っておりましたが。「逆もまた真なり」と考えると面白いですねェ。

投稿: トミー | 2010年6月19日 (土) 10時41分

調弦の時は、『もう少し上げて』などとおっしゃるので、本当に物理的に説明しているだけなのかも知れませんね。

投稿: compUT/OSer | 2010年6月19日 (土) 22時28分

そういう先生に、三味線以外の楽器の二音を聴かせて、「どちらが高いですか?」って質問したら、どう答えられるのでしょう。

投稿: 吉田孝 | 2010年6月21日 (月) 09時25分

おもしろい内容ですね。
そういう先生に、三味線以外の楽器の二音を聴かせて、「どちらが高いですか?」って質問したら、どう答えられるのでしょう。
これ、絶対、聴いてみたい。今度、邦楽の先生に質問してみます。

ほかに、例えば、トロンボーンとヴァイオリンやギターを比べると、

トロンボーンは1ポジション(基準音)から伸ばしてゆくと、音は低くなります。
ヴァイオリンやギターは開放弦(基準音)から押さえてゆくと、音は高くなります。

伸ばす楽器と縮める楽器、これもおもしろいですね。

投稿: ebakos | 2010年6月21日 (月) 20時55分

> トロンボーン
ebakos さんなら、「ゼフィロス」と言ってほしかった。

トランペットも一応は伸ばす楽器ですね。
ピストン(バルブ)を押さえる→迂回路ができて管がのびる。

木管楽器はどちらでしょう。
穴をあける→縮める  指でふさぐ→伸ばす。

投稿: 吉田孝 | 2010年6月23日 (水) 05時53分

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