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林葉直子さんが女子プロ棋戦に

元女流棋士の林葉直子さんが昨日久しぶりに将棋を指した。

元女流棋士の林葉直子さん(42)が28日、約15年ぶりにプロ棋戦に出場し、対局姿を見せた。敗れはしたものの現役の中倉彰子女流初段(33)を相手に善戦。対局後に「楽しかった。またチャンスはあると思うので、その時までに腕を磨きたい」と話したが、プロ復帰への意欲については「負けたばかりなので……。ファンの声を聞いて考えたい」と言葉を選んだ。

林葉さんが出場したのはタイトル戦には数えられない日本女子プロ将棋協会(LPSA)の棋戦。同協会の女流棋士に交じって、アマチュア枠で特別出場した。

林葉さんは女流名人4期、女流王将を10期獲得など1980年代に活躍し、女流棋界に一時代を築いた。しかし95年に日本将棋連盟を退会し、女流棋士をやめた。そうした経緯もあることから、今後はLPSAの棋戦には出場はできても、タイトル戦に出られる女流棋士として復帰するのは難しそうだ。(村上耕司)http://www.asahi.com/culture/update/0728/TKY201007280508.html

いろいろ話題になった林葉さんが久々に登場するとあって、対局場は報道陣でごったがえしたらしい。負けてしまったが、久々で勝負勘が戻ってないという感じ(これは人の言葉。私はそんな難しいことはわからない)。ぜひ棋譜を見ていただきたい。

私は、林葉さんにはプロとして復活してほしいと思っている。

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集密電動書架

図書館で調べごと。

聖和キャンパスの図書館は「聖和短期大学図書館」という。聖和大学の図書資料をそのまま引き継いでいる。関西学院大学図書館の分館の機能も揃えている。教育関係・音楽関係の資料はそれなり充実しており、基本的なものはすべてある。大きな声では言えないが、前任の○○大学の図書館よりましである。

しばらく集蜜電動書架でいろいろ調べたのだが、この電動書架はちょっと恐い。書架に入っている時に誰かが別のところのボタンを押すと、書架が移動して自分のいるスペースが圧縮される。もちろん安全装置はついているが、もし安全装置が働かなかったらと想像してしまう。逆に、自分がうっかりボタンを押してしまったことを想像するのもいやだ。

しかし、考えてみると、研究者が本に押しつぶされて死ねるのなら本望ということかもしれない。
Shoka

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夏休み

授業がおわり、成績も出した。夏休みである。

予定は次のとおり
・8月1日にオープンキャンパス
・8月26日に学会発表
・前日にちょっとした行事

あとは9月20日(月・敬老の日だが授業)の秋学期(後期)開始まで時間に拘束されない。
もちろん夏休みの宿題はたくさんある。
ただ、時間にこうそくされないと元来なまけものの私は、すぐダラダラと過ごしてしまう。
家にいても仕事はできないことはないが、家にいると意志の弱い私は、ついついテレビを見たり、ネットで遊んだり(とくに将棋)、冷蔵庫からビールを出してしまったりする。

というわけで、結局いつもとかわらず9時前に大学に出て、研究室で過ごすことにした。生活のリズムは大切である。大学生もしばらくするといなくなるし、キャンパスはとても静かである。

さあ、勉強をはじめよう!

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暑い

暑い、暑い。

暑すぎて、ブログのネタも文も浮かばない。

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金賢姫

金賢姫の来日。本題とは違うがマスコミにおける呼称が気になる。「さん」「氏」ではたしかにおかしいので、「元死刑囚」「元工作員」という呼称になったのだろう。ただメディアによって使い方がちがう。私がわかる範囲では次のとおり(正確さは保証できない)。

テレビ
NHK 日テレ系 元死刑囚
その他 元工作員

新聞
朝日、毎日 元死刑囚
その他の全国紙、地方紙 元工作員

呼称の違いに理由があるのだろうか。 
朝日、読売は系列の新聞社とテレビで異なっている。

私は「元工作員」という言い方はやめるべきだと思っている。そもそも「工作」という言葉を諜報、情宣、破壊活動などの意味で使うのが、日本語の使い方として適切なのかどうか。「図画工作」という教科もあるのに。

だからと言って、「元死刑囚」というのも変だが。

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映画『告白』

昨日はTOHOシネマズ西宮(阪急西宮ガーデン)で映画。映画館が近いので、よく観るようになった。この劇場にはスクリーンが10ほどあるのだが、どの作品も満席が多く、比較的すいていた作品を観た。

『告白』(監督 中島哲也、主演 松たか子)
http://kokuhaku-shimasu.jp/index.html

中学校を舞台にした復讐劇。深そうで浅い。必殺仕事人程度のエンターテイメントとも言える。「なめたらいかんぜよ!」。ただ、子どもたちの軽薄さ、狡猾さ、残酷さはそれなりにリアルにとらえられている。

この所、体が酒を受け付けない。少し変だ!

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JR神戸駅

仕事の帰りに少し(相当)道草してJR神戸駅のホームに降りてみた。はじめてである。
Img_1688_3  

鉄道に詳しい人なら誰でも知っていることだが、実は神戸駅は東海道本線終点駅で山陽本線の起点駅である。それを実感したかったのである。

一番南側の路線にキロポストがある。東京から589.34Kmである。なぜか運賃計算の根拠になる営業キロは589.5キロである(ずるいじゃないか)。
Img_1689

東海道新幹線開業前に東海道本線を一番速く走っていた特急電車「こだま」は2往復のうち1往復が神戸発着だった。

※あとになって気がついたこと・・・

♪そして一つが終わり そして一つが生まれ (千家和也作詞)

この歌詞はこういう意味だったのかも・・・・



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いろいろ

月曜の夕方から自宅のネットが不調。家から外へも外から家にも通じない状態が続いた。メールを見ることもできず。昨日夕方、NTTに電話をして解決。自宅に入る前のルータに問題があったらしい。

昨日は日帰りで広島県教育センターへ。朝7時25分新神戸発ののぞみで8時37分広島着、それから山陽本線で瀬野八を通って八本松へ。10時からの講演に十分間に合うという予定だったが、山陽本線が雨で大幅に乱れ。10時ちょうどにやっとセンターにたどりついた。「講演」ということだったのだが、授業になってしまった。

昼に終了、12時半頃センターを出た。雨も止んで列車の運行もスムーズに。広島駅構内で昼食(?)をとって13時44分発ののぞみ。自宅には4時に着いた。広島は近い。

大相撲のダイジェスト放送というのを観る。勝負の結果は知らないとは言え、やはり臨場感はない。そして会場の空席が気になる。賭博問題だけではなく、相撲そのものに魅力がなくなっている。

疲れていたのか。酒も飲まずに夜8時に就寝。目が覚めたのは5時30分だった。今日も雨。外に出るのがおっくうだ。

※広島県教育センターの最寄り駅が山陽本線の八本松(東広島市)。八本松駅は山陽本線で一番高い位置にある。一つ広島側の瀬野駅と八本松駅間は急勾配になっていて「瀬野八」とよばれる難所である。電気機関車が引っ張る列車(現在は貨物のみ)には補機(後ろから後押しする機関車)が必要だ。この区間では、補機を走行中に連結したり開放したりすることで知られていた。私はこのことを西村京太郎の『特急さくら殺人事件』で知った。この小説では補機の走行中開放がトリックに使われている(「セノハチ越え」という章がある)。

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参議院選挙

結果は次のとおり。( )内は非改選を合わせた議席数。
自民党=51(84)、民主党=44(106)、みんなの党=10(11)、公明党=9(19)、共産党=3(6)、社民党=2(4)、たちあがれ日本=1(3)、新党改革=1(2)、国民新党=0(3)、幸福実現党=0(1)

感想
(1)全体に予想どおり。民主党は自分でこけた。自民は敵失で議席増。
(2)共産党は歴史的使命が終わったのか。まだ必要だとは思うのだが。
(3)大量議席獲得の新党はうさんくさい。「アジェンダ」って何だ!
(4)たちあがれが1議席、たちあがらなくてもいいのに。
(5)カルトは当選者なし。タレント、スポーツ選手はほぼ落選。賢い選択。

予想
民主vs自民の二大政党時代は来ない。1、2年後に大きな政党再編が行われるだろう。

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ご理解とご協力

名古屋場所の会場の入り口に「暴力団関係者の入場をお断りします。ご理解とご協力をお願いします」という看板が立っていた。誰にご理解とご協力をお願いしているのだろうか。

ということはさておいて、この「ご理解とご協力をお願いします」という看板や張り紙はよく見かける。例えば、禁煙の場所や携帯電話の制限をしている場所などである。

ひねくれ者の私は「ご理解」をお願いされるとたいへん困る。もちろん知的好奇心は強いほうなので、自分が知らないこと、自分が理解できないことがあることは苦痛である。だからどんなことでも理解しようと努力はする。したがって「理解する努力」をお願いされるのであればそれに応えることはできる。しかし、「理解」そのものをお願いされてもかならずしも応えられるわけではない。理解できるかどうかは「相手の説明の仕方」と「私の理解力」にかかっているのである。自分の意思ではどうしようもないことである。

そもそも「理解をお願いします」という書いてある内容は、ほとんどの人は言われなくても理解していることである。それでも禁止されていることをやっている人は、理解しているのにやめられないか常識的なことが理解できない大たわけものである。だから、このような人にはお願いするのは無駄である。

「ご理解とご協力をお願いします」などという文は無意味な文である。このような無意味な文が加えられることによって、本当のねらい(暴力団の入場禁止、禁煙、携帯電話の制限)が弱められることになる。こんな文ははじめからないほうがよい。

かくいう私も使ったことがあるかも知れない。

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いろいろ

わたしは、「虫のしらせ」などというものはまったくしんじないのだが・・・
1週間まえのブログで梅棹忠夫氏のことをかいたら、きのうの夕刊に訃報がでていた。
『知的生産の方法』(岩波新書、1969)をすこしだけよみなおしてしてみた。かなもじのおおい本だった。きょうは梅棹氏のまねをしてできるだけかのもじでかいてみる。

さいきん、あついせいか、仕事がほとんどすすまない。じっとかんがえごとをしている時間(じつややすんでいるだけ)やぼんやり本をながめている時間がおおくなった。こんなときは仕事などしようとおもわず、いっそのことあそびにいったほうがよいのかもしれない。ことしのなつはおおいにあそぼうとおもっている。

昨晩はあつくてねぐるしかった。よなかにねむれないので、小説をだしてきてよんでいたら、おもしろくねられず、きがついたら朝だった。

と、ひらがなのおおい文をかいていると、わたしのばあい、ほとんど小学生の作文のようになる。

おしまい。

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賭博

相撲協会の野球賭博問題で処分が出た。それぞれに対する処分は公平か? しかし、それよりもわからないのは、一体何に対する処分なのか。

・「賭博」そのものに対する処分か-それならば、野球賭博に限定するのはおかしい。
・暴力団との関係に対する処分か-調査委員会は暴力団との関係については言及していない。
・違法行為に対する処分か-違法行為かどうかを相撲協会が判断できるのか。
・虚偽申告に対する処分か-自分に不利になる申告をしないのは当然である。

「いろいろなことを総合判断した結果」ということになるのだろうが、どうもすっきりしない。まあどうでもよい。他人事だから。

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あきらめの教育学

『たのしい授業』(仮説社)7月号に「あきらめの教育学」という座談会が出ている。

「教育学はだめだからあきらめよう」という話ではない(私自身はそう思わないもないではないこともないではないこともないではないこともないでは・・・・・・)。ではどのような主張か。仮説実験授業について少しでも勉強した人なら予想がつくはずだ。

人間は忘れるものだ。間違うものだとあきらめる。常に完璧を求めることがよいわけではない。そして板倉先生もお元気そうだ。よかった。

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