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2011年7月の投稿

2011年7月30日 (土)

同じ穴の

私は「鉄ちゃっん」と呼ばれるほどではないが、年に2度ほどは全国版時刻表を買って、それを半年ほど眺めて楽しむ程度の鉄道好きである。だから、列車事故のニュースがあると悲しい思いがする。

今回の中国での高速鉄道の事故、そしてその後の中国当局の対応には本当に頭に来ていた。本当にひどい国だ。

と思っていたら、昨日は我が国で経済産業省原子力安全・保安院のやらせ事件の報道。もちろん同質とは言えないが、中国を非難できるほど日本も立派な国じゃない。

福知山線列車事故も忘れてはならない。

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今日午後東京へ。明日朝9時から○○さんの結婚式と披露宴

2011年7月25日 (月)

北欧

北欧というと、平穏でおだやかな国ばかりというイメージがあるが、それが覆された。ノーベル平和賞の国でテロ事件。拡大しないことを祈る。

中国では高速列車事故。中国の高速鉄道には世界がその安全性に警鐘を鳴らしていた。起こるべくして起こった事故としか言いようがない。

昨日東京から戻ってきた。行き帰りの新幹線の中で、次の本を読む。

早坂堯『松井石根と南京事件の真実』(文春新書・870円)

松井石根はいわゆる「南京大虐殺」を引き起こした中心人物として東京裁判にかけられ東条英機らとともに死刑になった陸軍大将である。全体としては東京裁判批判だが、著者は松井の責任をまったく否定しているわけではない。淡々とした文体の中で、なぜ「南京大虐殺」という概念がつくり出されることになったのかが示されている。

2011年7月24日 (日)

東京にて

Oe

東京に来ている。
昨日は午後から会議。司会者の要領がよく(長い会議が嫌いな人なので)、予定通りに会議が終了。みんなで浅草の神谷バーへ。電気ブランを飲んで、それからあと二軒はしご。

今から人と会って、新幹線で帰る。
来週もまた忙しい。

2011年7月20日 (水)

備忘録

忙しいのと、今少し夢中になっていることが2つあって、ブログが更新できない。

○昨日、魁皇が引退表明(同じ直方第二中学校出身)。
この1年間相撲界がゴタゴタしてたいがい嫌気がさしていた。ただ、魁皇のことだけが気がかりだった。どうも今場所で終わりではないかという予感があった。だから、実は日曜日(17日)思い立って名古屋に相撲を観に行ったのだ。じかに見たのだが、もうこれから一勝もできるような感じがしなかった。もちろん負けた。その時にはっきりこれが最後だと思った。引退はさびしいが、これでもう相撲を気にしない生活ができる。よかった。

○一昨日、朝早く起きて、女子ワールド・カップの決勝を観る。二度あきらめた。いや正確に言うと三度。最後のフリーキックでも負けを覚悟した。しかし、奇跡的な勝利。いやこの奇跡的という言葉も彼女たちには失礼かもしれない。それくらいすばらしい試合だった。朝日新聞の天声人語に出ていたが、アメリカでは男女同権ほど女子が強いと言われるそうだ。日本も男女同権の国になっているのかも知れない(女村男卑の世界もある)。

○大学は授業が終わり。金曜までに成績を提出しなければならない。
週末は、国立教育政策研究所の仕事で上京

2011年7月 9日 (土)

持続可能な社会?

先日、環境教育についての文部科学省関係者の講演を聞く機会があった。実は、終わったあとコメントもしようと思ったのだが、その時間もなかった。

一言で言えば、ノー天気。

環境教育のキーワードは「持続可能な社会のための教育」(Education for Sustainable Development) らしい(Development を開発と訳さないのがまず怪しい)らしい。そこで話された内容はこのキーワードに基づく環境省や文部科学省の環境教育への取組みでであった。おどろいたことにその内容はすべて3.11の以前にたてられたものであった。いろいろな疑問がある。

・「持続可能な社会」というキーワードは3.11以後も同じなのか。見直しは必要ないのか。このキーワードは原発依存のエネルギー政策を前提にしたものではなかったのか。

・「持続可能な社会」というキーワードは維持するとしても、その枠組みは今までのままでよいのか。

・パンフなどでは日本の自然の美しさが強調され自然保護がうたわれているが、自然は保護すべきものとして扱うだけでよいのか。環境教育では、地震・津波・火山の噴火など自然の脅威とどう向き合っていくことを教えようとするのか。

・現に自然災害と原発事故で生活環境を生活環境を破壊された人々がいて、そしてまた生きていく環境そのものの危機がある状況の中で、まず環境教育でなすべきは現在の状況を克服する手だてを子どもなりに考えさせることではないのか。そのとりくみをどうすすめていこうとしているのか。

つけたしのように、「3.11で環境教育の役割が重要になった」という話しもあったが、3.11で中身がまったくかわらないようでは話しにならない。かなりがっかりした講演会であった。


2011年7月 5日 (火)

九州の人間ですけん

松本龍復興担当相の岩手県知事、宮城県知事への発言をきいてあきれた。
内容の問題はともかく言葉遣いがなっていない。大臣が知事に対して言う言葉遣いではない。言葉遣いを知らない人に大臣はさせるべきではない。

もちろんことの人の言葉遣いの中に、政治家としての資質や姿勢のある一面を感じる。それを問題にすることもできるのかも知れないが、とにかく「言葉遣いを知らない」という一点だけで政治家としては失格である。

ついでに言えば、その言い訳に「九州の人間ですけん」にも驚いた。東北人にも謝罪してほしいが、九州人にも謝罪してほしい。

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