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鉢呂発言

ブログというのは、休めば休むほど、遠ざかる。そしてだんだんどうでもよくなる。(実際に、どうでもよいものなのだが・・・・・それでも、復活を楽しみにしているという人が少しはいる)。

9日から11日まで上京。9日は文部科学省で大学の仕事。(実は一週間前の3日にも上京)。9日、10日はいろいろあって東京ですごす。実は10日61歳になったのだが、誕生日を東京で過ごす。何人かの方からお祝いメールをいただいた。

関学はやいよいよ来週から秋学期が始まる。授業の準備ができていないので少しあわてている。
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鉢呂さんをかばうわけはないのだが・・・・

一体何と言った責任をとって辞任したのか。
「死の町」
これは、評価によって違う。テレビでも放送された。だからそう言ったのだろう。しかし、この発言については、議論すべき余地がある。現地のあまりの悲惨さを見てこのような言葉しか出て来ないことはある。問題にするとすれば、「気持ち」ではなく、こんな言葉しか出てこない言葉の貧困さと、この言葉を聞いた被災者がどう感じるかという想像力の欠如である。政治家にしては言葉が貧困すぎるし、想像力がなさすぎるとは思うが、それだけでは辞任にはならなかっただろう。

もうひとつの「放射能」発言。
これは、実際に鉢呂さんがどう言ったのかがさっぱりわからない。

私の読んでいる朝日は
・「放射能をつけちゃうぞ」。
旅行中に読んだ読売は
・「ほら、放射能」
ほかにインターネットで調べると
・「放射能をつけたぞ」(毎日)
・「放射脳をうつす」(産経)
・「放射能をつけてやろうか」(日経)

本人が辞任したので、そのような発言をしたという自覚はあるのだろうが、実際に言った言葉がどうだったのかは本人にもわからないはずだ。これだけ言葉が違っていると、はたして鉢呂さんがそのなことを言ったのかさえ疑わしくなる。鉢呂さんは「私はそんな発言はしていない。実際にどう言ったのか証拠を出して具体的に示せ」と開き直ることさえ可能であった。マスコミも相当変だ。

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