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「人生がやり直せるなら」

学生の頃、井上陽水の「人生が二度あれば」という歌がはやっていた。

50歳くらいまでは、「人生がやり直せるなら」ということばかり考えていた。若い人がうらやましくてうらやましくてしょうがなかった。青年の頃は子どもがうらやましかった。

あの時もっと勉強していたら。あの時もっと練習していたら。あのときあんなことにハマらなかったら。あの時もっと研究に打ち込んでいたら。

いつも後悔しながら生きてきた。怠け者であることを悔いていた。悔いる人生は、すでに中学生の頃から始まっている。何度も何度もそう思いながら人生を送ってきた。

しかし、その時に本当に悔いるなら、次の日から、その日から、その時から「時間を大切に努力する」生活に切り替えるべきなのである。それができる人間は少ない。たいていは、「明日から」「来週から」「来年から」と先送りにし、気がついた時には年ばかり重ねているのである。「いつか」と思っているうちに、人生の大半が終わてしまうのである。それが怠け者というものである。

ある時から、「人生をやり直したい」とは思わなくなった。やり直しても、この怠け者の自分は、おそらく同じように怠け者の人生を送り、同じ失敗を繰り返すだろうと思うようになったからだ。後悔をしたらその時から自分を変えることのできない人間は、人生を何度やり直しても自分を変えるのは難しい(私は若い人に教訓を垂れるのは苦手だが、これだけは自信を持って言える)。

という怠け者でも、なんとか幸せだと感じる人生を送っている。それは、おそらく私たちたちが生きてきた時代がよい時代だったことと、たまたま不幸な事態に巡り会うことがなかったからである。人生やり直したらもっと厳しい時代に生きなければならないし、どんな不幸なことにめぐりあうかもしれない。第一やり直しなんて面倒である。

「団塊の世代」(広い意味では私もその一員である)。全体としては最も幸せな世代である。学生時代に無法の限りを尽くした人も、私のような怠け者もそれなりに平穏な人生を送っている。この幸せな世代は、次世代のために何をすべきなのか? (天から「退場せい!」という声が聞こえてくる)。

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