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2012年1月の投稿

2012年1月31日 (火)

B級クラシックのすすめ

久しぶりにクラシックでも聴くか、と思ってレコード棚に手が伸びて偶然取り出したのがこれ。

Img_0115_2

バレンボイムとクレンペラー!

メインは、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」。A面に第1、2楽章が入っていて、ひっくりかえして(これが面倒だ)、B面の第3楽章のあとに、「合唱幻想曲」が入っていた。(約20分)。めったに聴かないのだが、この曲がおもしろい。

3つの部分に分かれていて、第1部はピアノの独奏、第2部はピアノと管弦楽の協奏曲風の変奏曲、第3部はそれに合唱が加わるという変化のある作品である。随所にベートーヴェンらしさがある。とくに第3部の合唱は、後に作曲される「第九」を彷彿させる。

しかし、20分の間にあまりにもたくさんのものを盛り込んだためか、ベートーヴェンらしい構成感がまったくない。とくに第2部の変奏曲の主題があんちょこで、このあんちょこな主題が第3部で壮大な合唱になる。こうなると、はっきり言ってクサイ。

この作品に限らず、ベートーヴェンの作品は、常にクサさととなり合わせだが、たいていは緻密な構成の中でクサさも昇華されてしまう。だが、たまにこの作品のようにクサさだけが残ってしまったものがある。代表的なのは、あの序曲の第3番。3回書き直して、ものすごくクサい作品になってしまった。

言わば「B級クラシック」。実は、私はこの種のクサイクサイB級クラシックがとても好きなのである。料理だって、星印よりB級グルメのはるかにおいしい。

手っ取り早く聴くならここ

2012年1月28日 (土)

弘前大学学長

弘前大学の遠藤正彦学長の退任会見の模様。
http://mainichi.jp/area/aomori/news/20120127ddlk02100028000c.html

10年間学長を務め、今月末退任する弘前大の遠藤正彦学長(75)が26日、最後の記者会見行った。東大が打ち出した秋入学移行について、個人 的見解と断りつつ「海外留学生の減少を理由に挙げているが、学期の問題ではなく日本の大学の魅力のなさ」と指摘。その上で「入試の根幹に関わる問題で、就 職や大学院進学で大きな影響がある。大学間の格差が拡大する」と警鐘を鳴らした。

一方、昨年3月の東日本大震災と福島第1原発事故で、放射線測定や治療など延べ600人を超す医師や看護師を派遣した弘大の活動を振り返り、「安心安全のため、放射線の正しい知識の普及が急務」と強調した。退任後、4月から大学院の特任教授として弘大にとどまる。【松山彦蔵】

私(吉田)が弘前大学に赴任したのが2001年11月1日、遠藤学長は翌年の2月1日付けで学長に赴任、2004年度に大学が法人化したあとも2回の選挙で学長に選出されて10年間学長を務めた(中規模大学医学部のある大学では、医学部の構成員が一番多いので、学長は医学部教授から選出されることが多い)。国立大学法人化後一番長く学長を務めた人だ。

私は個人的に呼ばれて学長室で話したこともあるし、半分公的(?)な仕事で学長と話し合いをしたこともある。ほとんどの場面で、学長の方針に反対の立ち場から発言した。書きたいことは山ほどあるが、やめた大学のことなので書かない。とりあえずは「お疲れさま」と言いたいところだが、10年は長過ぎたかな。

 

2012年1月27日 (金)

公務員給与削減

公務員の給与が大幅に削減されそうだ。人事院勧告に基づいて平均0・23%減となった上に、今後二年間は平均7・8%が削減される。年収が1000万を超えるような公務員は別として若手の子育て真っ最中という公務員には大きく響く。それに、2年後に必ず元に戻るという保証もない。

公務員になったのはお金のためではないだろうが、それでも公務員バッシングが毎日のように繰り返され、そして給与も大幅に削減されるということになれば、仕事の意欲が低下してしまうのではないか。優秀な人材が公務員になるのを避ける。そのことも心配である。

2012年1月26日 (木)

トイレのはなし(続き)

土曜のエントリーの続き

一つだけ大事な考察を忘れていた。

4 トイレで携帯メールやスマフォをする人がいること。これは間違いない。この人たちはもう中毒かも。

これだけはやめていただきたい。

2012年1月23日 (月)

負けに不思議な負けなし

先週末から、毎日良いこと悪いことが交互にやってきて、気分が浮いたり沈んだり浮いたり沈んだりしている。

「人生塞翁が馬」とか「禍福は糾える縄」の如しと言うが、これは禍福に関連がある場合だが、私の場合、禍と福の関連がよく見えない。

ただ一つだけ言えることは、「禍」の原因は自分にあり、「福」の原因は周囲の人と幸運に恵まれただけ。

プロ野球の野村監督が、「負けに不思議な負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」と言っていたことがあるが、その通りだと実感する。

2012年1月22日 (日)

飲み過ぎた

Nomisugita

いうことなし。

2012年1月21日 (土)

どうでもよい話し「トイレの出来事」

本当にどうでもよい話しなので、読みたくなくなったら途中でやめてください。

今日は、上京。これから3月までは、週末に頻繁に上京することになりそうである。今、新幹線の中でこのブログを更新している。

私の上京の経路は、阪急で武庫之荘から梅田まで出て、JR東海道本線(「京都線」という言い方は嫌いだ)大阪から、新大阪に出てのぞみの普通席に乗る。指定券は、時間が拘束されるので東海道新幹線では買ったことがない。

それで、旅に出て悩まされるのがトイレ問題である。なぜか旅行中には乗り換え駅で必ずトイレに行きたくなる。今日も、大阪駅のホームに登ったところで便をもよおした。あわてて、エスカレータを降りてトイレへ。

大阪駅の御堂筋改札口側の男子トイレには、便室が9室ある。私がトイレについたときには入り口付近に3人並んでいた(便室のドアの前でなく、入り口付近に1列になって待つのはよい習慣である。銀行では「フォーク並び」と言うそうだが、いつのまにかトイレでも人々がこのように列待ちするようになった)。あと何分くらい我慢すればよいかを計算する。

だいたい人がトイレに必要なj時間は5分前後(私は1分で済む)。9室あれば、平均30数秒、いくら長くても1分に1人は掃ける。だから1〜2分待てばよいだろう。

その計算通り、前の3人目までは合わせて2分くらいで掃けた。すぐに私が先頭で待つ版になった。ところがである。それからが長い。次が出てくるまでに7〜8分もかかった。まあ、たまたま便秘の人や下痢気味の人がいて次が長くなることはあるかもしれないが、9室の人が全部7〜8分以上かかるのは異常である。なぜこんなことがおこるのか。

以前にもこのブログに書いたような気がする。その時は、読書している人がいたり、別の駅のトイレにワープしている人がいるのではないかなどと書いたのが、まじめに考えてみると思い当たるふしがある。

1 健康な人は、朝起きた時とか出勤前などに便をすませる習慣をつけているのであろう。そうすれば、普通は外出してから便に行きたくなることはないのかも知れない。したがって、駅で便をすませる人は朝のうち自宅で便をすませることができない人、つまり便秘や下痢など、消化器系統に異常がある人が多い。そういう人は用便の時間が長くなる。

2 1の人でなくても、旅行に出ればそれなりに緊張する。どうしても消化器系統に異常をきたす。したがって、そのような人が駅のトイレを利用することにより利用時間が長くなる。

3 上の理由に加えて、家には口うるさい妻がいて、子どもたちもうるさい年頃である。職場に行くと上司にどなられ若いのにばかにされる。街に出てもうるさいばかりだ。そう考えると、駅のこの個室トイレくらいしか落ち着いて自分をとり戻せる場所はない。別に便をしなくても、便座のふたをとじ、そこにすわってじっと物思いにふける。これは至福の時間かも知れない。30分でも40分でもゆっくりしたい(なんせ、神様まで住んでいる)。

いずれの理由にしても、トイレは清潔でいごこちのよいところでなければならない。その意味では現在の駅のトイレは本当にきれいになった。国鉄時代の駅トイレは汚く、そこで大をする気にはとてもなれなかった。ただ、トイレはきれいになったが、日本には公衆トイレがまだまだ少ない。男はまだましだが、女子トイレでは入り口からあふれた人が並んでるのを見かける。不側の事態(?)が起きなければよいのだがと、つまらぬ心配をしてしまう。

2012年1月19日 (木)

書くは一時の恥

iPod Toutch を使い始めて1年近くたった。iPhone のように携帯電話機能はついていないが、WiMAX といっしょに使うことで iPhone と同じように使える。まあ、iPAD の小型版のようなものだ。

ただ、やはり使い勝手が悪い。電源管理がたいへんなことが一つの理由だが、一番大きな理由は文字入力が難しいこと。「お返事、ありがとうございます。よろしくおねがいします」程度の文を入力するだけで3分以上かかることもある。最近では、持っているだけでほどんど使わなくなっていた。

ところが、簡単に日本語入力する方法があった。フリックして入力する方法(指を四方にすべらせてア段以外の文字を入力する)である。実は、先日I氏と飲んでいるときに、I氏が、「これ練習したらいいよ」と言って、Flick Fan という無料アプリをダウンロードしてインストールしてくれた。家に帰って、そのアプリを使って見るのだが、まったく使い方がわからない。仕方がないので、フリックという言葉でインターネット検索してやっと意味がわかったという次第。これなら少しは、日本語入力が楽になりそうである(その時にいっしょに、駅.Locky というアプリもインストールしてもらった。これはものすごく便利)。

「そんなことも知らなかったのか」と言われそうだが、それがおじさんがおじさんである所以なのである。

私だって、若い頃は新しいものが好きだった。そして買ったらマニュアルをすみからすみまで読んで使い方を研究していた。自分のだけでなく人の世話をよくした。パソコンの設定をしたり、ソフトをインストールしたり、システム全体を設計したり・・・・、こんなことが大好きだった(だいたい、音楽関係者にはこんなことが得意な人が多い。ただし、不得手な人はかからっきしダメ)。

ところが年のせいか、マニュアルを読むのが面倒になった。新しいことをすることはおっくうだ。若者にたずねるはもっといやだ。というわけで、まだ使っていない機能がたくさんあるはずだ。

ですから、私が知らなさそうな機能があったら、こっそり教えてください。アプリの場合は、できればダウンロード、インストールもしてくださると助かります(泣)

恥をしのんでこんなことを書いている。だが、書くは一時の恥。おそらく、私のようにフリック入力も知らないのにスマートフォン買って喜んでいるおじさんが世の中にはたくさんいるはずだ。一生の恥になりませんように.。

2012年1月18日 (水)

コンピュータ将棋

15日のエントリーの続き。

米長永世棋聖が対戦したボンクラーズというソフトは、もともとは「ボナンザ」というほとんど将棋を知らなに保木邦仁氏が開発したソフトをクラスタリング(連結)したものらしい。ボンクーラーズという人間を小馬鹿にしたような名称もそこから来ているらしい。

このボナンザというソフトのWindows版が、保木氏自身によってプログラムのソースといっしょに公開されている。腕に覚えのある方はぜひダウンロードして試していただきたい。思考ルーチンのソースも一緒に梱包されているが、私にはまったく解読不能(当たり前だ)。

5年前に渡辺明竜王と大局し、ほぼ互角に戦った(最後は竜王の勝ち)ソフトである。私は何度挑戦してもまったく歯が立たない。序盤は何とかなるのだが、中終盤は一方的になる。形づくりさえさせてもらえない。

くやしいが、コンピュータはここまで来ている。もう人間がコンピュータに翻弄される時代が来ているのかもしれない。

2012年1月17日 (火)

「日の丸」「君が代」問題

『朝日新聞』朝刊記事

卒業式などの式典で日の丸に向かって起立せず、君が代を斉唱しなかった公立学校の教職員らに対する東京都の懲戒処分は行き過ぎか。処分のあり方が争 われた3件の訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(金築誠志裁判長)は16日、「戒告は裁量権の範囲内だが、減給・停職は慎重に考慮する必要がある」と する判断基準を初めて示した。そのうえで減給と停職の処分を一部取り消した。

この問題では一審・東京地裁、二審・東京高裁で判断がばらついたことから、最高裁が示す統一的な基準に注目が集まっていた。処分する行政側の裁量を認め つつ、個人の歴史観や世界観に由来する問題であることなどを理由に、行き過ぎに一定の歯止めをかける内容。公立学校の教員に君が代の起立斉唱を義務づけた 大阪府の対応などにも影響を与えるものだ。

まあ、妥当な判決だと思う。私は大学教員なので、君が代を起立斉唱するような場面に出くわしたことはないから言えるのかもしれないが、君が代斉唱のさいに起立するかどうかなんて、些細な問題である。起立しない教師がそれによって教師としての資質を評価されるべき問題ではない。このような些細なことで、話が「処分」というところまで行き着く姿は異様である。学校にはもっと重要な課題が山ほどある。

もちろん起立斉唱を重大視する考え方も否定しない。とくに起立斉唱を拒否した教師にとっては、それが自分の教師としての良心を否定されるほどの重大事であったはずである。だからこそ拒否したのである。こういう教師も存在してしかるべきである。

ここ数年の教育界の動きは、起立を拒否する教師のことを異端視し、存在そのものを認めないような方向に動いている。とくに、大阪では最終的には「免職」とする教育条例案まで出てきている。このような事態がすすめば、教育界の閉塞感はさらに進んでいく。この閉塞感のほうがよほど心配だ。

今回の最高裁判決は、このような方向の動きに一定の歯止めをかけた。処分された側にとっては不十分だと思われるかもしれないが、行政の側に与えた影響のほうがはるかに大きい。

2012年1月15日 (日)

コンピュータ vs プロ棋士

年末に一度書いたテーマであるが、昨日正式な対局が行われた。本日の朝日の記事である。

将棋のプロ棋士とコンピューターソフトが戦う「第1回電王戦」(ドワンゴ、中央公論新社など主催)が14日、東京・千駄ケ谷の将棋会館で行われ、米長邦 雄元名人(68)が将棋ソフト「ボンクラーズ」に敗れた。公式の対局でプロ棋士がソフトに敗れたのは初めて。元名人は2003年に引退したが、永世棋聖の 称号も持つ元トッププロ。ボンクラーズは昨年の世界コンピュータ将棋選手権で優勝。毎秒最大1800万手を読む。

対局は、後手の元名人が2手目△6二玉という前例のほとんどない手で力戦に誘導した。序盤は互いに手を出しにくい状況が続いたが、ボンクラーズが隙をつ いて攻め始め、そのまま113手で押し切った。持ち時間は一部の公式戦と同じ各3時間。対局はニコニコ生放送で中継された。

米長元名人は「序盤は完璧だったが、見落としがあった。私が弱かった」と無念さをにじませた。

米長元名人は詰将棋を解くなどトレーニングを積み、ボンクラーズと何度も対戦して対策を立てて臨んだが、及ばなかった。昨年末の前哨戦でも、ボンクラー ズにネット上の早指し対局で敗れた。現役棋士はこれまで、公の場でソフトに負けたことはない。棋士とは別の「女流棋士」のトップクラスは一昨年、ソフトに 敗れた。

チェスでは1997年、当時の王者、ガルリ・カスパロフ氏がコンピューターに敗れた。取った駒を使える将棋はチェスより変化がはるかに複雑で、ソフトは なかなか人間に追いつけないでいたが、近年急速に実力が伸びてきた。来年の第2回電王戦では、現役棋士の船江恒平四段ら5人と将棋ソフト5チームが対局する予定。

パソコンが普及しはじめた25年ほど前には次のように言われていた。

将棋の初手で可能な指し手は30手、2手目も30手、2手指した時点で900通りの局面が可能。指し手が進むに従って、可能な指し手は増加する。したがって、100手先の局面は無限大。結局、どんな優秀なコンピュータでも、人間には勝てない。

私も、このように考えていた。しかし、予感はあった。まず、当時でもオセロのソフトに私は勝てなくなっていた。また、チェスにもある程度強いソフトができていた。

数年前から将棋ソフトがやたらと強くなった。少なくとも私の棋力では絶対に勝てなくなった。そして、とうとうこのような時代になった。コンピューターが強くなった理由は、次の二つである。

①コンピュータのスペックの向上
②思考ルーチンの強化

①は自明のことである。今回は数台のマシンを同時に走らせるクラスターという技術を使っている。だが、私は②が大きいと思っている。つまり、コンピュータは、可能なすべての手を読むのではなく、数手先の局面を評価して、はじめから無駄な手を読むことを省略したり、途中で手の探索を中断したりすることができるのである。これは、人口知能の研究の成果である。そして、おそろしいことは、それほど棋力のない人がこのようなソフトを開発していることである。例えば、ソフトの強さわ競う世界コンピュータ将棋選手権には、イギリスや北朝鮮のソフトが参加し好成績をおさめているのである。もはや将棋は文化ではなくなった。

米長会長は、元名人とはいえ、引退した棋士。羽生王位や渡辺竜王が対戦すれば勝てるだろうという見方はできるが、それも時間の問題で5年後にはもう勝てなくなるだろう。人間がコンピュータと対戦するのは、表計算の正確さ・速さをエクセルと競うのと似ている。

こうなると、今度は将棋のゲームとしての存在価値が問題になる。もちろん人間同士のゲームとしての将棋は残るだろう。しかし、プロ棋士が生き残れるかどうか。囲碁にしても将棋にしても、プロ棋士が尊敬されるのは、私たちが絶対勝てないほど強いからである。そして、将棋の盤上に真理を求めて集中している姿に感動するからである。しかし、プロ棋士よりもコンピュータが強くなり、コンピュータが簡単に正解を出すことができるのなら、もうプロはいらない。表計算の競技があってもよいが、そのプロが必要ないのと同じである。

米長氏は敗戦後の記者会見で、陸上競技での車の例を出して言い訳していたが、それは詭弁である。陸上競技には、車は参加しないのである。こちらは棲み分けがきちんとできているが、米長氏は棲み分けをしようとしなかった。負け犬の遠吠えに聞こえて哀れだった。

残念だが、昨日はプロ将棋の終焉を予告する歴史的な1日となった。もう少し、先延ばしにする手段はあったはずだが、会長が自爆してしまった(この対局で米長氏が莫大な対局料を受け取ったという噂話が、週刊誌やネットで囁かれているが真偽はわからない)。しかし、おそかれはやかれこの日はいつかやって来たはずだ。米長氏の責任ではない。そもそも、いつまでも存続するものなどありえないのである(いつまでも存続するものは・・・・・・*)。

なお、この対局はニコニコ動画で放映され、約30万人が観戦した。生放送には、プレミアム会員しかログインできなかったので、私もしかたなく月額500円の会費を支払った。この対局の最大の勝者はドワンゴである。

これを書いていて、他人事ではないことに気づいた。音楽関係の皆様はお気づきですね。

※このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。(新約聖書 コリント前13−13)

2012年1月14日 (土)

広島の思い出

広島に関わる二つのニュース。カテゴリーを「スポーツ」にしたのはよいニュースのほうをとったから。

一つ目は悪いニュース。広島刑務所で起きた脱獄事件だ。

実は、大学時代に1年間だけだが、広島刑務所の裏にある下宿に住んでいた。平和公園の南方にあり、広島では「吉島の刑務所」と呼ばれていた。毎日、刑務所の塀のそばを通って通学していた。夜は少し気味が悪かった。

二つ目は、良いニュース。広島カープの話題。

北別府学、故・津田恒実投手が野球殿堂入りした。広島カープは、75、79、80、84、86、91年と6回リーグ優勝を果たしたが、北別府投手は79年以後の5回の優勝に、津田投手は84年と86年の優勝に貢献した。

北別府投手は球速はないが制球力を武器にしていた。高校時代に片道1時間の自転車通学鍛えた足腰が武器だったそうだ。津田投手は正反対に「炎のストッパー」と言われた豪速球投手だった。93年に津田投手死去のニュースに接した時には涙した。

二人とも広島カープの黄金時代の投手である。この時代はもう戻ってこないのか。死ぬ前にもう一度だけでよい。カープの優勝を見たい。が、残念ながらどうも夢に終わりそうだ。

昭和は遠くなりにけり。

2012年1月13日 (金)

ブログ→twitter→Facebook とか

最近はブログなどはどうもはやらないらしくて、Twitter とかFacebook がインターネットコミュニケーションの中心になっているようだ。

私も、一応は登録しているのだが、ほとんど使ったことがない。新しいことを勉強するのが面倒だからだ。しかし、あることを発見して少し使う気になってきた。

とりあえず、このブログと twitter Facebook へと連動させる方法を試してみる。うまくいくかどうか。

2012年1月12日 (木)

学校選択

本日付朝日新聞記事である。

橋下徹大阪市長は11日の市議会本会議で、市長選の公約に掲げた学校選択制の導入を目指すにあたり、私立小・中学校に子どもを通わせている市職員や教員の割合を調べるよう市教委事務局に求めたことを明らかにした。

 市教委事務局はこれまで「地域と学校の関係が希薄になる」などとして学校選択制に慎重な姿勢を取ってきた。これに対し、橋下市長は「選択制はダメだとい うが、金のある人は(私立へ行く)選択をしている。地域コミュニティーを大事にというのなら私立を禁止にしないと。金持ちの人だけ選択できるのはおかし い」などと述べた。

 議会後、市長は「職員らが子どもを私立に通わせることは否定しない」とする一方で、「自分の子どもは(私立を)選択しておいて他人の子どもに選択させないのはとんでもない」と批判。調査結果を学校選択制導入に向けた議論の参考にする考えを示した。

子どもを公立に行かせるか私立に行かせるかを選択することと、公立学校の選択制の是非とはまったく次元の異なる問題である。公立の義務教育学校は、その地域に住むすべての子どもに教育の機会を均等に保証することを目的としている。したがって、学校間に格差が存在することを前提にした選択制の導入は、公教育に対する教育行政の責任放棄である。もちろん、学校間格差が存在していることは事実であろうが、そうであれば、条件の悪い学校には手厚い支援をすることによってその格差を解消することが教育行政の務めである。学校間競争を煽れば格差はさらに広がらざるをえない。

私立学校へ進学させるのは、公立学校にはない特色のある教育を求めるからである。もちろん現実にはいろいろな理由で(好ましからざる理由で)私立へ進学させている保護者がいることは確かである。しかし、どのような理由であれ、私立を選ぶのも保護者でもあり国民としての権利である。それは公務員だろうと公立学校の教師だろうと同じである。私立に子どもを行かせても、国民の一人として公立学校のあり方について考えを述べる権利は当然ある。調査をしてまた黙らせるつもりなのだろうか。

橋下市長の「選択制はダメだとい うが、金のある人は(私立へ行く)選択をしている。地域コミュニティーを大事にというのなら私立を禁止にしないと。金持ちの人だけ選択できるのはおかし い」という言葉は、一見すれば庶民の立ち場に立ち、理にかなっている発言に見える。しかし、社会に不満のある人々をけしかけその不満を公務員や教師に向けさせるものであり、市民の間での対立を助長させるだけのものである。

今、小中学校が多くの問題を抱えていることは事実である。教員の急激な世代交代、保護者の貧困化、子育て能力の低下、教育環境の悪化など、あげれば切りがない。それでも、各学校は悪戦苦闘しながら教育を続けている(この間大阪市内の小学校も何度か訪ねて話しをしている)。どうしてそのような学校の努力を評価しないのか。市長が学校や教師を攻撃をすれば、学校の荒廃は一気に進む。

2012年1月10日 (火)

10日

今日は1月10日である。もう1年のうちの10日が過ぎてしまった。

今年の念頭にあたって毎日必ずやろうと決めたことが3つある(何をやろうとしようとしたかは恥ずかしくて書けないが、一つはこのブログを見ていただければわかる)。実は3つとも見事に三日坊主だった。3日間だけ一生懸命やって、4日目に休み「明日は必ず」と思っているうちに、とうとうそれから1週間過ぎてしまったのである。これから1週間たったときに、また1週間過ぎてしまったと思うのがつらいので、「明日は必ず」とは思わないことにする。

『3日坊主の心理学』という本が出るなら、「3日坊主の自己分析」という項でも書かせてもらいたい。「自己分析」とつく文ならいくらでも書けそうである。「怠け者の--」「もてない男の--」「ひがみ・ねたみの--」「臆病者の--」。

ああ、こんなことを書いている場合ではない。

2012年1月 9日 (月)

林光氏逝去

作曲家の林光氏が逝去。

音楽教育界ともずいぶん深く付き合ってくれた方である。私は1986年の日教組の教研集会(当時は大学の教職員組合は日教組に加盟していた)に参加したのだが、丸山亜紀氏と二人で音楽分科会の世話人をされていた。組合教研の音楽分科会と音楽教育の会は、ほとんどこのお二人が支えてこられたようだ。

林光氏は、学習指導要領とは正反対のところに立っておられた。もちろん、自分の音楽を追究すればその位置に立たざる得なかったということであろう。残された音楽はすばらしいのに、ほとんど教科書に掲載されることはなかった。音楽教育界はあえて氏を無視しているようなところもあった。

氏の音楽観、教育観について賛否合わせて書きたいことが山ほどあるのだが、相手が大きすぎて書けない。 合掌

自宅サーバー終了

長年使ってきた自宅サーバーを終了させることにした。
takashiyoshida.com というドメインを使っている。自宅サーバーだと IPアドレスがしょっちゅうかわるので、Dynamic DNS(自分のIPアドレスを監視してIPアドレスが変わったときにDNS(ドメインネームサーバー)に自分のIPアドレス(つまり takashiyoshida.com IPアドレス)を知らせるシステム)で管理していたのである。この自宅サーバーをやめる理由は次の通り。

(1)管理(メンテナンス)が面倒くさくなった。年のせいか、サーバーを動かすのが大変。とくに Linux のCUIコマンドを忘れやすくなった。

(2)セキュリティに自信がなくなった。アクセスログを閲覧すると、攻撃された気配がある。私のサーバーなど攻撃しても何もないと思うのだが、やはり気持ち悪い。

(3)これが一番大きい理由だが、大容量(100ギガ)で安価なレンタルサーバーがあり、これを使うことにしたこと。

レンタルサーバーでも、takashiyoshida.com のドメインはそのまま使え、またIPアドレスを管理する必要もないので簡単である。昨日10分くらいでファイル転送を終えて使いはじめている。ただ、CGI に関してはまだパーミッションの変更作業が全部終わっていないので、アクセスできないページがある。

Img_2048

というわけでこれまで自宅で使っていたサーバーはお役御免となった。写真は2台目のサーバーで、7年前に中古を20000円くらい買ったもの。Win98が入っていたものに Linux を入れて使ってきた(Apache とCups のみ)。ディスク容量は12ギガだが、WEBサーバーとして使うだけなら十分だった。このスペックでは、サーバー以外にはほとんど使い道がないが、捨てるのはもったいない。

2012年1月 7日 (土)

事務

3連休の初日。今日はゆっくりするつもりが、大学に出てくるはめに。事務的作業のためである。

キャンパスでは、「和文化教育 第8回全国大会」がおこなわている。参加もしたいのだが、心のゆとりがない。

・・・・・・・

上を書いたのが8時50分ごろ。そのあと義務的な仕事を終えて、研究室に戻りしばらくまた別の仕事。そうすると今度は眠気が。気がついたら1時間ほど居眠りをしていた。もう4時30である。今日は、もう引き上げよう。久しぶりに外で1杯飲むことにするか。

2012年1月 6日 (金)

北朝鮮

年末から北朝鮮のニュースが多い。多くの人にとっては驚きを通り越して、もう笑うしかないような状況かもしれない。金正日はいかにも「悪人」という雰囲気だが、金正恩はまるでお笑い芸人のようだ(お笑い芸人に失礼か)。しかし私にはこの事態を笑えない過去がある。怒らないで最後まで呼んでいただきたい。

1 朝鮮半島の唯一の合法的な国家は、平壌を首都とし金日成を国家主席とする朝鮮民主主義人民共和国である。「大韓民国」を名のる南朝鮮の政権はアメリカ帝国主義による傀儡政権である。

2 朝鮮戦争は、朝鮮半島全域の支配と狙うアメリカ帝国主義と軍需による利益を得ようとした日本の独占資本が引き起こした侵略戦争であるが、朝鮮人民はこれに抵抗し朝鮮全土占領を阻止した。

3 共和国北部は朝鮮労働党の導きを受けた豊かで希望のあふれる地域であり、南朝鮮はアメリカ帝国主義と日本の軍国主義者を後ろ盾にした軍事独裁政権(朴正煕)に支配された不幸な地域である。

4 朝鮮民主主義人民共和国では朝鮮労働党の独裁制が敷かれているが、これは南北分割という戦時体制の中では避けられないものである。朝鮮労働党は主体思想をもっており、中ソとは別の路線をとっている。中国やソ連のようにはなりえず、国家統一がなされればこの状態は克服される。

5 1965年に日本が南朝鮮傀儡政権と結んだ日「韓」条約は、共和国を無視したものでありまったく正当性がない。

恥ずかしい話だが、朝鮮半島に対する1970年頃の私の認識である。というより、これが日本の革新勢力の認識であり、多くの人が鵜呑みにしていたのである。

革新勢力のみならず、一部の保守の人たちまでが北朝鮮を正当化していた。だからこそ、在日朝鮮人(日本人家族を含む)の帰国運動を国をあげて支援したのである。

帰国者の中には、財産を剥奪され行方不明になった人も多い。また帰国者は、在日の人々から金を吸い上げるための人質だったいう説もある。これだけ、北朝鮮についての情報が明らかになっているのに、朝鮮総連が北朝鮮の言いなりになっている理由はそれしか考えられない。

拉致をめぐる北朝鮮側の動き、ときどき報道される北朝鮮の映像、金日成、金正日、金正恩と続く権力世襲など、世界にもまれな一連の事態をもはや上のような認識でみている人はいないだろう。

もちろん、私も上のような見方をいつまでもしていた訳ではない。金日成に対する個人崇拝が明らかになるにつれ疑問を持つようになった(当時、平壌放送という日本語のラジオ放送が聴けた。「偉大な首領、金日成主席」という言葉が何度も出てきた)。しかし、ここまでひどい国とまでは思っていなかった。「拉致」という言葉が出てきても半信半疑だった(国家がまさかそんなことをするとも思わないし、日本の警察がそれほどまでに間抜けとは思わなかった)。それだけ「思い込み」が大きかったのである。

思い込みによる誤った認識が、その人の属する集団や機関、場合によっては国家の利益を損なうこともある。北朝鮮に対する上のような馬鹿げた認識が、「拉致」や現在の北朝鮮問題をつくり出してきたことは間違いない。私は小物だし上のようなことを公的に主張したこともないのでほとんど影響はなかったとは思うが、誤った認識を一時的にせよもっていたことについては深く反省している(人生の中で反省していることは山ほどある。反省すべき事がありすぎてまだ反省できていないことが、反省の山の2倍ほどある)。

2012年1月 5日 (木)

5日目

新年も4日が過ぎた。2012年もあと362日しかない。

昨日は大学に出た。シーンとしていて,
会ったのは、正門の守衛さんだけだった。大学は今日まで冬休み(事務も含めて)。明日からいきなり授業がはじまる。だが、授業の準備も冬休みの宿題もできていないので、今日も大学に出る。

昨日の続き・・・・
「男はつらいよ」の4作目を観る。1970年の作品だった。マドンナは栗原小巻。きれいだった。

2012年1月 4日 (水)

テレビ漬け

年末・年始はテレビ漬。

年末年始は、おもしろい番組は少ない。お笑い番組は観ない。芸人が内輪で楽しんでいる(ように見える)番組は嫌いだからだ。観る番組がない時は、録り溜めしていた番組を観る。いくつかの感想。

年末の国民的番組・・・一応観る。いつもつまらないが今回ははますますつまらない。
・ケツを振って踊るお隣の国のグループ。バカにされているようだった。彼女たちがそうしているのではないのだろうが、彼女らを観て喜んでいる日本人を笑っている人がいるような気がする。
・口パクが余りにも多すぎる。これでは生番組の意味がない。特定の歌手を特別扱いするのもどうか。
・一番気になるのは、「歌の力」への過信。「震災」を利用しているようにしか思えない演出もあった。天下のNHK、そろそろこの番組の見直しも必要ではないか。

元旦の「相棒」スペシャル「ピエロ」は面白かった。この番組は脚本が実に良くてできている。そして音楽の入れ方が丁寧である。とくにこの日のオペラの場面。あのオペラは確か・・・・

2日、3日は箱根駅伝。大学生の、それも関東の学生の競技を全国放送し、それをみんなが楽しんでいるいうのもどうかと思うが、今の学生気質がわかってそれなりに面白い。それにただ走るだけ。実に単純。スポーツの基本である。

3日のライスボール。前半、よろこんだのもつかの間。最後は完敗となった。

WOWWOWで録り溜めしていた「男はつらいよ」シリーズ。最初の三作を観る。1969年1970年の作品である。晩年の寅さんに比べると、このころの寅さんはもっと元気のいい乱暴者である。聞き分けも悪く迷惑の掛け方も半端ではない。こういう人間が身内にいたらたまらないなあと思うが、他人事と思って観ている分には面白い。ところで、寅さんの職業は的屋。暴力団とのつながりが指摘される職業である。寅さん自身が仁義を切る場面もある。現在では、受け入れられなかった作品かもしれない。

同じくWOWWOW「荒野の七人」。なつかしい映画である。1960年の作品。小学生の頃、劇場で観た記憶がある。ユル・ブリンナー、スティーブ・マックウィーン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・ボーンら、ハリウッドのスターが続々。とにかく面白い。黒沢明監督の「七人の侍」のリメークだから。

他にもかなり観たのだが、もう何を観たのか忘れかけている。

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テレビばかりでは、脳みそも体も鈍ってしまいそうなので、今日から始動。大学に出る.

2012年1月 2日 (月)

2本

体が鈍ってはいけないので、元旦からジョギング。・・・・・・というのはとても無理なので6キロほど散歩。ちょっと思いついて、少し注意して観察しながら歩くと、わずか2本。目に見えた日章旗の数である。100分ほど町並みを歩いている。道路沿いに民家ではない建物もある。それでも200軒以上の民家の前を通ったはずだ。民家でなくても建物に日章旗が立っていてもおかしくはない。なにしろ元旦である。やや乱暴だが、次のようなことがいえる。

祝日に日章旗を掲揚する国民は1%に満たない。

これはどうしたことか?

「国旗をかかげると、右翼と誤解されるから」という見方もあるらしい。しかしそれはないだろう。日章旗は国旗として法制化されてすでに12年である。仮に掲揚することが右翼的だったとしても1%は余りにも少ない。ネットに勇ましい「愛国的」発言や民族差別的発言が並ぶ時代にである。

学校行事では、国旗の掲揚が義務づけられおり、そのことについては「国民」の理解も得られている。日の丸は国民の中に定着しているというのが政府の見解である。

右翼的な思想の持ち主であれ、日章旗を支持する大多数の国民であれ、祝日に自分の家で国旗掲揚するところまでは頭が回らないのであろう。掲揚するには、お金もかかるし、手間もかかる(もちろん、私もやっていない)。おそらく、掲揚する人にだれも「右翼」などというレッテルははらないだろう。むしろ掲揚している人は、「律儀な人」として尊敬されているのではないか(私も尊敬する)。それでいいのだ。

このような状況はある意味で健全な状況である。その逆、ほとんどすべての家に日章旗が掲揚され、2軒だけ掲揚されていない家があるという状況を想像すればよい。かなり恐ろしい社会である。

2012年1月 1日 (日)

新年

というわけで、新しい年がやって来た。いや、もう新年のうちの7時間ほどが過ぎ去ろうとしている。2012年はあと365日と17時間ほどしか残っていない。時はどんどんやって来て、どんどん過ぎ去っていく。時というのは、一体どこからやって来てどこに行ってしまうのか。

・・・・・・・という哲学的な思惟をする能力はないので、とりあえずはこうして大きな不幸もなく健康で新年を迎えた喜びをかみしめたい。そして、来年は今年よりもより多くの人が、同じ気持ちで新年を迎えられるような1年であってほしい。

今年は、壬辰(じんしん・みずのえたつ)。毎年干支にちなんだ言葉をホームページのトップに掲げるが、今年は「蛇頭竜尾」とした。最悪の新年を迎えた人が最高とまでもいかなくとも幸せと感じられる年末になるようにという願いをこめた(どうも辰巳という順番がいかん)。

私自身は、昨年は浮き足立って落ち着いて仕事ができなかった。今年は地味にコツコツと生きていきたい。といっても蛇はいやだから、小竜くらいで。

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