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2013年6月の投稿

2013年6月 6日 (木)

不愉快メールについて(お知らせ)

昨年の末頃より大金の振込を要求する不愉快なメールが大量に届いていました。そのため、そのメールアドレス及びそのメールアドレスの所有者の別アドレスと思われるアドレスからのメールをすべて受信拒否にしました。それに伴い、関係のない方のメールまで受信拒否になっている可能性があります。とくに、登録されていないメールアドレスは受信拒否になる可能性があります。メールが届いてないのではないかと感じられる方がいらっしゃいましたら、電話等でご連絡ください。

切手問題

数学の未解決の問題に「郵便切手問題」というのがあるらしい。

切り離されていない、横に1列に並んだn枚の切手を、折りたたんでいって、切手1枚のサイズにまで折りたたむ。このとき、左端の切手が一番上になるような折りたたみ方は何通りあるか?

わたしなんぞは慌て者だから、すぐ次のような結論を出す。

切手はn枚だから、折り目はn-1。しかし一番最初の折り目は山折りしかできないから、残りの折り目はn-2。それぞれが山折りまたは谷折りができるので答えは、2^(n-2)・・・(^は累乗を表す)。

n=4まではたしかにこのようになる。しかし、5枚になるともういけない。山・谷は同じでも違う折り方でできるからである。例えば、2枚目から、山、谷、山と折って最後に山折しようとすると(やってみてください)、5枚目を4枚目の下に折り込む場合と、1枚目の下に折り込む場合がでてくる。つまり山か谷かだけでは解決ができないのである。結局、5枚の場合は10通り、6枚の場合は24通りになる。6枚までは自分でやってみたが、それ以上は手に負えない。ある枚数までは明らかになっているようだが、nの式で表すことはできていないらしい。

コンピュータに試行させればnが有限なら(例えば「1万枚なら何通りか」という場合)答えが出せるのかもしれない。しかし、nの一般式で表すことはできないということなのであろう。簡単そうなのに未解決。不思議である。

2013年6月 5日 (水)

ドーハの悲劇

やや欲求不満気味だが、昨日のWCアジア最終予選の対オーストラリア戦。1位通過を決めてよかった。あとは、イラク戦をすっきり勝ってワールドカップに望みたい。

アジア最終予選というといつも思い出すのがドーハの悲劇。もちろんあのときと、予選敗退する可能性が限りなく0に近かった今回とは状況が全く違うが。それでも、何が起こるかわからないのがサッカーだ。

1993年10月28日(日が変わっていたかも知れない)、ドーハで行われたアジア予選最終戦、対イラク戦。勝てばワールドカップ出場が決まる。引き分け負けでは敗退。リアルタイムでテレビ観戦していた。2-1での勝ちを確信した後半ロスタイム。イラクのコーナーキックから日本選手が急にうなだれたように見えた。何が起こったのか分からなかった。一瞬の出来事だった。数秒の後、テロップに2-2の文字が出てやっと状況がのみこめた。この瞬間、94年のワールドカップ出場がなくなった。

それから4年後にワールドカップ初出場を果たし、今回で5大会連続出場ということになった。日本人選手がヨーロッパで活躍するようになった。確実に世界に近づいている。それでも20年前のこのシーンのことだけは昨日のことのようだ。WC初勝利のシーンは忘れても、このシーンだけは忘れない。

慰安婦問題

私は、この問題について議論をするのはいやだし、いいかげんテレビで取り上げるのもやめてほしい。年頃の子どもさんのいる家庭では、子どもさんにどう説明しているのだろうか。

「お父さん、慰安婦ってなーに」「戦争中にこんなことがあってね。日本軍は韓国でこんなひどいことをしたんだよ」

こういう会話が行われているとしたらかなり気分が悪い。もちろんそれが事実なら仕方がない。しかし、一番驚くのは、事実関係を軽視している人がいることだ。「強制連行があったかどうかは大した問題ではない」と。その中に歴史学者が含まれているのも信じられないことだ。

私は、強制連行があろうとなかろうと日本軍のやったことは謝罪に値すると思っているので、河野談話を撤回せよとは思わない(もちろん河野談話が「強制連行があったことを日本が認めた」という証拠として利用されていることは承知しているが、談話はその点ではかなり慎重な言い回しになっている)。強制連行の事実がなかったからと言って日本軍が免罪されるとは思わないが、事実があったかどうかによってその犯罪性は大きく異なる。実際に、世界中の人々は、強制連行があったと思いこみそれを前提にこの問題を語っているからである。Sex Slave などという忌まわしい言葉が出てくるのもそのためである。

私は歴史学者ではないので、「絶対か!」と言われれば自信はないが、いくつかの理由で強制連行というものはなかったと考えている。詳細は省くが、私が強制連行がなかったと確信する最大の理由は最初に「強制連行」を事実として主張していた人たちが、その後「事実かどうかは問題ではない」「強制連行があったかどうかに矮小化していはいけない」と論調を変えてしまったことである。つまり、強制連行を示す根拠がなくなったとしか思えないからである。「問題ではない」というのも一つの考え方として成り立つことは否定はしないが、かつて「強制連行」という言葉を使った以上は、それを明確に否定すべきである。ついでながら「狭義の」だの「広義の」だの「強制性(なぜ「性」という語が必要なのか「強制」と言えないのか)」などというあいまな表現を使うのも問題ずらしである。

ただし、この問題に関しては、お互いに「右」「反動勢力」だの「反日」「売国奴」などという口汚い言葉でののしりあうのはやめたほうがよい(私はこういう決めつけが一番嫌いであるし、意見が違う人に「売国奴」などという言葉を投げつける人が嫌いである)。事実をきちんと確認した上で、国際社会に対してていねいな言葉で説明していくしかないだろう。難しいが、それが外交というものだ。政治家が一時期の感情で発言するのではなく、きちんとした国際的戦略をもってこの問題の決着へ向かうことだ。もちろん、「他の国もやっているのに日本だけ何でたたかれるのか!」と言った論調も国際社会の反発を招くだけで何の良い結果ももたらさない。

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