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雑誌記事

研究室の本や雑誌の処分をしている。雑誌の中には20年以上も購読し続けているものがある。思い切ってバッサリ捨てている。家には置く場所もない。モノには執着しない方なので、惜しいとも思わない。

ただ、処分を保留しているものがある。雑誌の中でも自分が執筆した文が掲載されている号である。1993-2000の国研時代、そして教育課程の改訂にか かわった2005-2008に執筆したもの。残りは『授業づくりネットワーク』誌である。中には連載もある。ほとんどが依頼されて書いたもので1〜数ペー ジである。そんな雑誌だけで200冊近くにもなる。国研の室長という立場上、ペンネームで執筆したものも含まれている。

ちょっと開いて読んでみる。自分の気に入っているものもあるが、締め切りに追われていかにもいやいやながら書いたような文もある。もちろんこんな雑誌記事 を自分の「業績」にはしない。むしろ人目に触れてほしくない代物だ(研究業績とした研究論文の中にも今は人目に触れてほしくないものがある)。

それでも一度世に出た以上は責任はある。何かの機会に問題になるかもしれない。だから一応は保管しておくべきなのかもしれない。迷っているところだ。
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芥川の「侏儒の言葉」の一文を思い出した。

「俳優や歌手の幸福は彼らの作品ののこらぬことである。----と思うこともない訣ではではない」

これは、映画やレコードのなかったことを前提にしている。それほど普及してなかったとは言え、芥川がその存在を知らなかったとは思えないのだが。

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