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落合GM

中日ドラゴンズの落合博満GMの退団が発表された。事実上の解雇だろう。

落合は選手の時代(とくにロッテ時代)から好きだった。

セリーグに来てからは、憎っくき敵チームの選手・監督ととしてカープを苦しめてくれたが、それでも嫌いではなかった。王、野村、張本とも肩を並べられるくらいの偉大なスラッガーと言えるだろう。

しかし、最後の中日GMとしての3年間は痛ましかった。リストラに年棒カット、まるでブラック企業の経営者のようなことをした。「プロ野球は契約」だから、それ自身はよいとしても、その結果が悲惨で最後は最下位。あきらかにGMに就任したことが失敗である。

落合の失敗例から学ぶことはいくらでもあるが、大きくは二つ。

1 老いれば衰える
どんな立派な指導者でも、老いれば体力も感性も知力も落ちる。jまた、まわりの状況の変化についていけなくなる。ひどいことに、自分の衰えやまわりの変化についていけないことに自覚がない。その上、過去の業績がある人には誰も面と向かってものが言えない。言われても自分が大物だとおもっているので聞かない(落合に対しては厳しい世論の批判があったが、それでも聞かなかった)。当然のことながらピントのはずれた言動をするようになってくる。

2 一芸は道に通じず
「一芸は道に通じる」(一つの芸を極めると他の道にも通用する)ということばは嘘だ。名選手名監督ならずが普通なのだ。長島、王、野村(名監督のようだが、監督全期を通算すると下位に低迷しているほうが多い)。ところが落合は、名選手であり名監督になった珍しい例だ。これでやめておけばよかったのだ。それでも普通のGMならまだよかったのだろうが、球団経営にまだ関わった。野球人として能力の及ばないところにまで手を出して失敗した。これは野球の世界でなくとも言えることだ。

私たちのまわりにも、老いによる衰えや限界に気づかない人はたくさんいる。トンチンカンな言動をする。そのトンチンカンが自分だけの楽しみならよい。しかし指導的な立場の人がこれをやると社会の大きな迷惑になる(それがどれだけ本人の良心からでたことであってもそうである)。

人間誰にでも限界と引き際がある。それは個人によって異なる。限界と引き際を見極め美しく生きよう。

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