« 2019年4月 | トップページ | 2019年10月 »

きっぱりと君に決別できたから7月2日は禁煙記念日

きっぱりと君に決別できたから7月2日は禁煙記念日

昨日から、改正健康増進法でほとんどの公共機関で全面禁煙が実施された。健康のためには良いことのようだが、いろいろなトラブルも予想される。

個人的には、何もここまでやらなくてもと思う。煙草による健康被害に関して、喫煙者については自己責任であるし、受動喫煙についても現在程度の分煙によって健康の維持はできているのではないかと思う(煙草の被害に関する統計データというのは今ひとつ腑に落ちない)。それに、それほど危険なものなら、いっそのこと禁煙法を制定して、煙草の製造・販売と喫煙を全面禁止にしたらよいのにと思う。製造・販売を許しおまけにそれによって税収を得ながら、喫煙だけに厳しくするのは矛盾である。

ただし、私は高みの見物を決め込んでいる。20世紀までの私を知っているいる人はご存知だろうが、私は極度のヘビースモーカーだった。しかし今から19年前の7月2日に煙草をやめたからだ。あるところに次のようなことを書いている。

50才の誕生日も近くなった2000年7月2日、通勤途中の新宿駅ホームの喫煙所で最後のたばこを吸いました。「これが最後だ。さようなら」といいながら。セブンスターを一日50本、30年間吸い続けてきましたが、それできっぱりやめました。たばこをやめられたのは、本のおかげです。

アレン・カー著(坂本「読むだけで必ずやめられる禁煙セラピー」(KKロングセラーズ・現在はムックより発売)

この本を読むとピタリとやめられます。また禁断症状も少しもきつくないのです。私が以前どれだけたばこを吸っていたかを知っている人は信じてくれるでしょう。ただし、やめたいと思っていない人が読んでもやめられません。


「これが最後だ」と言いながら、悪女とさよならするような気持ちで、最後の1本をじっくり吸ったのが19年前の今日である。煙草を吸いながら上の本を読んでいたら、不思議に禁煙できるような気持ちになり、読み終わった時点で本に書いてある通りに、最後の1本をじっくりと吸った。そしてたまたま読み終えたのが電車の中で、最後の1本が新宿駅にホームになったのである。その後は禁断症状もほとんどなく禁煙に成功した。

ただし、禁煙は問題点も多い。
(1)肥満・・もともと肥満体質の上に、食事がおいしくなるので食べる量が増える。私は、これは運動で解決。最後はフルマラソンを走るくらいになった(現在は、運動不足で少し肥満気味。ただし解消に向かっている)。
(2)酒量が増える・・こちらは結構深刻。もともと飲酒の習慣はあったのだが、その量が倍くらいに増えた。以前は煙草で解消していたストレスを酒で解消するのでさらに増える。なんとか減らしたいとは思うのだが、増える一方であった。ただ、まったくコントロールができないというほどではなかった。少なくとも酒で仕事を失敗したことはなかった。運転も止めていたので、飲酒運転の心配もなかった。
(3)原稿を書くスピードが鈍る・・・若い頃は、原稿を書くスピードが速かった(内容の良し悪しば別)。煙草の力で書いていたからだ。だから、私のパソコンのキーボードには煙草の燃えカスで穴が空いていたくらいだ。煙草という道具がなくなると、とたんに原稿が進まなくなった。ただし、これは何とか1年くらいで解消できた。

しかし、上のようなことはたいした問題点ではない。禁煙をするときに一番襲ってくるのは、禁煙すると大事な友達(煙草という悪女のような友達と煙草を通じて語り合える友達)を失ってしまうという喪失感である。しかし、実はこれは錯覚である。禁煙しても失うものは何もないし、やめてみれば、煙草がそれほど大事な友達でなかったことが分かるし、喫煙者とも仲良くやっていける。実は上で紹介した本は、このことを繰り返し教えるのである。

禁煙してよかったことを言えば、キリがないので書かない。それは多くの人が言う通りである。言われても喫煙者は腹がたつばかりであろう。そして、喫煙者に禁煙をすすめるようなことはしない。

ただ、一つ言えることは、禁煙したいと思うならしたほうがよいということだ。やめたいと思いながら吸い続けるのは惨めだ。禁煙できるかどうかは、精神力(意志の力)ではなく、「大事な友だちを失う」という錯覚を断ち切ることができるかにかかっている。

| | コメント (0)

« 2019年4月 | トップページ | 2019年10月 »