昨日(8月5日)付『産経新聞』朝刊に櫻井よし子氏が奇妙なことを書いておられる。本日電子版にも掲載された。
7月29日、私が理事長を務める国家基本問題研究所(国基研)は「日本再建への道」と題した月例研究会を主催した。衆議院、都議会、参議院の三大選
挙で圧勝、完勝した安倍自民党は、如何(いか)にして日本周辺で急速に高まる危機を乗り越え、日本再建を成し得るかを問う討論会だった。
日本再建は憲法改正なしにはあり得ない。従って主題は当然、憲法改正だった。
月例研究会に麻生副総理の出席を得たことで改正に向けた活発な議論を期待したのは、大勝した自民党は党是である憲法改正を着実に進めるだろうと考えたからだ。
が、蓋を開けてみれば氏と私及び国基研の間には少なからぬ考え方の開きがあると感じた。憲法改正を主張してきた私たちに、氏は「自分は左翼」と語り、セミナー開始前から微妙な牽制(けんせい)球を投げた。
セミナーでも氏は「最近は左翼じゃないかと言われる」と述べ、改正論議の熱狂を戒めた。私はそれを、改正を急ぐべしという国基研と自分は同じではないという氏のメッセージだと、受けとめた。
「憲法改正なんていう話は熱狂の中に決めてもらっては困ります。ワァワァ騒いでその中で決まったなんていう話は最も危ない」「しつこいようだが
(憲法改正を)ウワァーとなった中で、狂騒の中で、狂乱の中で、騒々しい中で決めてほしくない」という具合に、氏は同趣旨の主張を5度、繰り返した。
事実を見れば熱狂しているのは護憲派である。改憲派は自民党を筆頭に熱狂どころか、冷めている。むしろ長年冷めすぎてきたのが自民党だ。いまこそ、自民党は燃えなければならないのだ。
にも拘(かか)わらず麻生氏は尚(なお)、熱狂を戒めた。その中でヒトラーとワイマール憲法に関し、「あの手口、学んだらどうかね」という不適切な表現を
口にした。「ワイマール憲法がナチス憲法に変わった」と氏はいうが、その事実はない。有り体に言って一連の発言は、結局、「ワイマール体制の崩壊に至った
過程からその失敗を学べ」という反語的意味だと私は受けとめた。
第一は櫻井氏が麻生副総理をことを護憲派と見ていることである。第二は、麻生氏がナチスを引き合いにしたことを、「ワイマール体制の崩壊に至った
過程からその失敗を学べ」ということだと受け止めたということである。
私は、麻生氏の全発言を読んだが、どうしても櫻井氏のようには読めなかった。もちろん、櫻井氏のように距離的にも政権の近くにいる人にとっては政治家の本音というものがよく見えるのかもしれない。私のまわりにも本音と建前の違う人、文章と人格の違う人が多々いる(おっと脱線しそうになった)。
ただ、かりに櫻井氏の見方が間違っていないにしても、政治家にとって言葉は命である。このように憲法を軽い言葉で語るべきではない。とくに研究会など場ではよく準備して慎重に言葉を選んで語るべきだ。麻生氏の発言は、麻生内閣の失態というより、日本と日本人全体を傷つけるものである。改憲派であろうが護憲派であろうが、麻生発言を批判するのは当然のことである。
いずれにしても、櫻井氏はまず麻生氏の責任をまず問うべきなのである。ところが、なぜか麻生氏の発言については、これ以上は踏み込まず次のように言う。
憲法改正に後ろ向きの印象を与えた麻生発言だったが、朝日新聞はまったく別の意味を持つものとして報じた。
たとえば1日の「天声人語」子は、麻生発言を「素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習え、ということになってしまう」と書いた。前後の発言を合わせて全体を「素直に聞」けば、麻生氏が「粛々と民主主義を破壊」する手法に習おうとしているなどの解釈が如何(いか)にして可能なのか、不
思議である。天声人語子の想像力の逞(たくま)しさに私は舌を巻く。
中略
朝日は前後の発言を省き、全体の文意に目をつぶり、失言部分だけを取り出して、麻生氏だけでなく日本を国際社会の笑い物にしようとした。そこには公器の意識はないのであろう。朝日は新たな歴史問題を作り上げ、憲法改正の動きにも水を差し続けるだろう。
いつの間にか、朝日批判に替わっている。護憲・改憲派に関係なく、日本の信用を国際的に失墜させるようような発言をした本人ではなく、その報道をした朝日に批判の矛先を向けている(私は朝日を擁護しているわけではないし、立派な新聞社だと思っている訳でもない)。
私は櫻井氏の考え方にいつも賛成ではないが、ジャーナリストとしていつも冷静でそれでいて理路整然と発言する櫻井氏が嫌いではない。しかし、どうもこの文は冷静さを欠いているような気がする。
まったくうがった見方をすれば、改憲論議がおおいに進むだろうと起用した麻生副総理が、護憲的な発言だけではなく、これまでの論議を台無しするような問題発言をしてしまったことに対するいら立ちから、それを報道した朝日新聞に八つ当たりしているというふうに見える。
ちょっと櫻井氏らしくない。
憲法に関する議論は、喧々囂々(けんけんごうごう)ではなく、侃々諤々(かんかんがくがく)とすすめるべきである。
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