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大学

国立大学法人化20年


国立大学法人化

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朝日新聞 4/8朝刊
2004年に国立大学が法人化され、4月で20年。法人化とその後の大学政策の影響について、朝日新聞が全86国立大の学長に尋ねたところ、回答者の7割弱が、教育・研究機関として「悪い方向に進んだ」と考えていることがわかった。国や産業界がイノベーション創出を期待する国立大だが、国から配られる運営費交付金が減額された影響を指摘する声が多かった。
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国立大学の法人化によって、現在の大学の学長もそれぞれの大学の教職員の代表者というよりも、文部科学行政の代弁者になつていることが多い。

各大学の学長は大学教員の直接投票ではなく、学長選考会議で決定される。選考会議の前に全教員による意向投票が行なわれることがあるが、行政の意に沿わない人が多数を獲得した場合は選考会議は別の人を学長に選考することもある。(意向投票でも、医学部のある大学では、教員数が圧倒的多数の医学部出身者が多数を占めることが多い。)

そんな学長ですら、7割が「悪い方向に進んだ」と答えるのだから、国立大学の現状が相当酷くなっていることは、想像に頑ない。問題はお金の問題にとどまらない。

私学も含めて日本の大学の行方が心配だ。

大学入試

3月3日と言えば、昔は大学入試だった。

55年前*、全国の大学は紛争の真っ只中。私の受験した大学も例に漏れず、入試は学外の施設で行われた。生まれて初めて訪れた土地でもあり、不安いっぱいで当日を迎えた。

最初の3日間が、国、社会、数、理、英、4日目が実技だったはずだが、最初の3日間の記憶がない。ただ実技だけは記憶がある。自分としてはびっくりするほどよくできた。とくに、ピアノについては人生(その後を含む)の中でも、最高の演奏ではなかっただろうか。(その後少しも上達しなかった)

そして、なんとか合格はしたが、大学が一部学生によって封鎖**され、9月まで自宅待機させられた。

*1969年。この年は紛争の影響で、東京大学と、東京教育大学の体育学部以外の学部では、入試が行われなかった。だから、私と同じ学年には、東大に現役で人学した人はいない。私は、とてもそんな学力はなかったので何の影響もなかったが、私と同じ学年の人には、「東大に行きたかったが、入試がなかったのでね」という人が結構いる。東京教育大学は、その後閉鎖となり、筑波大学が設置された。東京教育大学と筑波大学はまったく別物である。

大学改革

産経新聞「正論」より

正論にもたまにはまともな意見掲載される。

私が大学教員になった頃は、天国とは言えないまでも、大学はまだ社会とは別世界でパラダイスだった。90年代に8年ほど研究機関に勤め、21世紀になって大学に戻ったら、大学はすっかり変わっていた。それでもまだまだ居心地の悪い場所ではなかった。しかし、国立大学の法人化等を通して、だんだん閉塞感が強くなってきた。


私は最後は私学だったのでまだマシだったかもしれない。それでも、最後ごろは、もうやってられないという気になってきた。その後の大学の状況はあまり伝わってこなくなってきたが、それでも今何が起こっているかはニュースなどから想像することはできる。

私が若い頃に今の状況だったら、大学教員の仕事を続けるのは無理だっただろう。ただ、大学教員でなかったら何ができたかというと、他にできそうな仕事もない。結局、生きにくい世の中になってきたということか。




大学祭

この土曜日・日曜日も研究室で仕事をした。
ちょうど大学祭の期間だったので、土日にかかわらず賑やかだった。

中庭には、テントが出て学生たちが模擬店をやっている。焼き鳥とかおでんとか焼きそばとか・・昔と変わらない風景だ。また、イベント会場からは、バンドの歌がきこえてくる。「よさこい鳴子踊り」らしきものもやっていた。ただ、これは「よさこい」とは似て非なるものである。「よさこい」には「よさこい節」のフレーズが入っていなければならない。別に、主催者がこのイベントを「よさこい」と呼んでも、また踊っている人がこれを「よさこい」だと思っていても、別に文句を言うつもりはないのだが。

昔ほどではないが、それなりに盛り上がっているようだ。もちろんこれは学生だけの力ではなく、大学側が相当にバックアップしているからだ(大学側は「総合文化祭」と呼び、別のイベント・企画を準備している)。

ただ、不思議なことがある。今の学祭にはアルコールがない(販売が禁止されているようだ)。だから、基本的にはみんな素面である。だから感心する。

アルコールなしで、よく焼き鳥やおでんが食えるものだ。
アルコールなしで、よくあんなへたくそな歌を人前で歌えるものだ。
アルコールなしで、よくあんなにハイになれるものだ。

最後はまた酒の話になったが、実は若さに対してひがんでいるだけなのだ。

忘年会

忘年会の季節である。私たちの学部でも、その忘年会があるようだ。私はその忘年会に出ない。忘年会と言うのをまさか学部が主催してできるわけではないので、互助会にあたる「二水会」という会が主催する。私はその二水会という会を今年度はじめにやめた。だから忘年会に出ないのである。

毎月いくらかの会費を積み立てて、忘年会や送別会や歓迎会を行ったり、会員に慶弔があった場合に対応したりする会なのだが、別に会費が惜しかったわけでもない。学部のメンバーが嫌いな訳でもない。ただ、学部の構成メンバーだから会員になっておくのが当たり前というのがあまり好きではないのである。

と、ここまで書いて別のことを書きたくなった。まあ、大学の音楽関係の教員の問題なので、関心のない方は読まないでいただきたい。

構成メンバーだから入っておくという会に、教育大学教育協会音楽部門大学部会という会がある。全国の国立大学の教育学部の音楽関係の教員が入る会なのだが、この会が一体個人で加入する会なのか、それぞれの大学ごとに加入する会なのかさっぱりわからない。「協会」と言うのに、個人に会費を要求してくる。個人の名前が書かれた会員名簿がつくられていた。少し変なので退会すると言ったら、あっさり受理された。

とここまで書いて、気になることがあったので組織のホームページを見に行ったら(検索して見つけた。はじめて見たのである)、東北地区協議会の報告(17年6月)として、次のように書いてあった。

弘前大学から脱退者が出ていることを受けて以下のことを確認した。
①「地区会」は音楽のみならず、すべての科を統括した学部単位が会員であり、その会員が「地区会研究部門等」を置くとした場合、音楽のみで置くかどうかという議論は成り立たない。したがって「地区会研究部門」からの脱会はあり得ない。
②弘前大学の脱会者には教員個人ではなく大学組織としての理解の問題であるため、組織長(学部長)を通じて問い合わせる。

そんな馬鹿な(この文を私ははじめて見た)。私は、全国の音楽部門大学部会に脱退を申し入れて受理されたのである(正確に言えば、脱会を申し入れたら何の返事もなく、会員名簿から削除されていたのである)。もし、脱会がありえないと言うなら、脱会を認めた全国の音楽部門大学部会の事務局にでも問い合わせたらよいではないか。全国組織が認めたのに、その地方組織が認めないということがあるか。それに、そう言うことは何よりもまず私にそれを言うべきではないか。

そもそも、私が退会したのは私の個人の意思によるものである。私の理解が間違っているのnならそれを正せばよいのである。「大学組織としての理解の問題」と言うなら、私が脱会したのは「弘前大学教育学部という組織の理解の問題」と言うことになる。私のような不届きな教員がいるのは学部長の責任だから学部長に問い合わせるということなのか。

18年12月13日現在、私はこの組織から直接何の連絡も受けたことがないし、学部長がそんな問い合わせをされた形跡もない(問い合わされても困るだろう)。少なくともこのことで学部長から注意を受けたこともない。

忘年会のことを書くつもりだったが、妙なところに飛び火してしまった。
これを読んだ人は、吉田は相変わらずおとなげないと思うのだろうが、こればっかりはもうビョーキだからしょうがない。

大学教員の職名

大学の教員の職名が変わる。

従来の教授、助教授、講師、助手に変わって、教授、準教授、講師、助教、助手という制度になる。助教、助手の件に関しては、さまざまな問題があるので別の機会に書く。ただ、准教授に関しては非常に現実的な改革である。

従来の「助教授」という呼称だと、大学の外側の社会から見ると教授を助ける仕事だと思われるかもしれない。しかし、実際はそのような助教授が教授を助けているわけでもないし、助教授が教授の部下であるわけでもない。逆に教授が助教授に何らかの命令を下したり、指導をしたりしているわけではない(できるわけもない)。それぞれが独立して仕事ができる(助け合うことはあるが)ようになっている。私もまた、助教授時代に教授のことを「上司」と思ったことは一度もない。実際にはそれ以上によく働いていたと自負している。だから、「助教授」という名称はもうとっくに現実とはあっていなかったのである。

さらには、現在のような日本の大学の制度の中では、教授、準教授というような職階制度そのものが必要なのかどうか。本当は、それも検討すべきなのだ。少なくとも私が所属する教育学部(全国の教育学部も同じ)では、管理職になれるかなれないか位の違いを除いては、両者の職務にはほとんど違いがない。

なめられている

なめられている?
仲正昌樹『ネット時代の反論術』(文春新書・730)円

冒頭から次のようなことが書いてある。
学校と名のつくところで「先生」と呼ばれる職業の人は多かれ好くなかれ体験されていることだと思いますが、大学の学生さんも、こちらの言っていることをまじめに聴いてくれないけど、そのわりには「批判」だけは一人前にしますので、非常につかれます。
授業中に集中して話を聴いて、かえってから予習・復習しなければ、「分かる」はずなどないことくらい分かりそうなものですが、「僕たちが分からないないのは、先生が分かるように教えてくれないからだ」、と一方的にに言い張る子が多い。「君は、ちゃんとやるべきことをやっているのか」と聞き返しても、それに答えようとしないで、「だって、先生が勉強したいと思わせるような、まじめな教え方をしないから・・・」というようなへらず口で返したらいしてきます。
こういう文を読むと、本当にムカムカとする。もちろん著者に対してではない。本当にこれに近い学生がたくさんいるからだ。そもそも、大学生が自分の専門の授業を受けて「わからない」ということ自体が、とてもはずかしいことなのだ。なぜ、そんなはずかしいことを平気で言うようになったのか。それは、大学がそう言うことを公認しているからだ。

学生による授業評価アンケート。すっかり大学に定着した。お金をかけてやるわりには、ほとんど役に立っていない。それどころか「この授業はわかりやすかったか」という質問があるおかげで、上のように学生を増長される結果になっている。私は、なんども主張してきたが、それも疲れてきた。おそらくこれを一生懸命やっている人たちだって、つまらないことはわかっているのだ。しかし、「学位授業機構」などの大学を評価する機関が許さないのだ。

本の紹介のつもりで書き始めたが、冒頭から腹が立ったのであらぬ方向に行ってしまった。この本にの帯には《「言われっぱなしで悔しい!!」からの脱出》と書かれている。脱出法は確かに書かれているのだが、それ以上に読めば読むほど「悔しい」と思ったことを思い出してしまう。ストレスのたまる本である。

広島(その1)

時間が少しあったので、広島市内を大急ぎでまわった。
まず、大学。現在は大学は東広島市に移転した。旧キャンパスがどうなったか気になったので見に行った。
Gate

旧広島大学東千田キャンパス正門


広島大学の旧教養部などがあり、最初の2年間通ったキャンパスの正門である。
奥に見えるのが旧理学部である。
「東千田公園」という公園になっていた。
私たちが入学した時(1969年)には、ここにバリケードがはられていた。
ただ、大学のシンボルであるフェニックスだけは元気に風にゆられていた。
写真両側の木がフェニックスである。

Sci
旧理学部

古い建物のうち、理学部の建物だけが残っていた。旧文理大学時代から引き継いだ建物でもある。被爆して残っている数少ない建物の一つである。
ただし、建物は荒れ放題で周りには金網がはられ、時計は8時40分で止まったままだった。無惨である。そのうち取り壊されるのか。それとも記念物として保存されるのか。

New
一部だけ

旧キャンパスの一部(大学会館があった位置)に放送大学と大学の一部(法科大学院と夜間学部など)があった。

という訳で、とても寂しかった。
私は、大学というのは、キャンパスが少々狭くても、あるいは少しくらいきたなくても、都市にあるべきだと思う。学生は、地域の中で人々とふれあい、社会にもまれるべきなのだ。都市にあれば、少しくらいは少し悪い遊びも覚えるかもしれないが必要なことだ。
新しい広大(ひろだい)キャンパスにも何度か行ってみたが、「無機質な大学」という印象しか残っていない。

転じて我が「北の弘大(ひろだい)」。移転することはないだろう(法人化でそんな財源もない)。しかし、教育学部キャンパスの汚さだけはどうしようもない。これでは学生も集まらないだろう。これだけはなんとかすべきだ。

白鳥の湖

バレエ=白鳥の湖?
「バレエ」という言葉を聞いて、何を連想するだろうか。
10人中9人が「白鳥の湖」と答えるはずだ。
なぜか?
「白鳥の湖が」好きだからという理由を言う人は100人に一人いるかいないだ。
バレエとしてメディアでとりあげられるシーンはほとんど「白鳥」だからだ。
 テレビドラマ、バラエティ(あの志村けんのシーンはあまりにも人々に焼き付いている)、漫画・・・など、バレエと言うと「白鳥の湖」だ。
にも関わらず、「白鳥の湖」の舞台全部を通して見たという人は、メディアを通してでさえいない。
これは変だ・・という訳で、日本人のバレエ観を考える。
ゼミの4年生の一人の卒論テーマである。

教職入門

川口市で悲惨な交通事故。原因はカセットを裏返そうとして脇見。飲んでいなくても車は、運転すること自体が危険なのである。
あんなこわいものを私が運転していたのかと思うとぞっとする。

1年の「教職入門」という授業で、中学校・小学校の授業を見学させている。私が担当している学生(14名)たちは、昨日は中学校で国語、理科の授業を見た。今日は小学校の授業を観察する。「学習者」という立場以外から授業を見るのははじめてではないか。「教師のたまご」を自覚する第一歩である。このような機会を提供してくれた協力校に感謝。
(余談)協力校に行くため昨日は久しぶりにネクタイを締めたらクビがすれて痛い。夏は文科省の会でもクールビスでノーネクタイ。