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研究

日本音楽教育学会東北地区例会

昨日は、福島大学で行われた日本音楽教育学会の東北地区例会に出席した。3時間で3人の方の発表を聞いた。地区例会は、こういうふうにゆっくり時間があるのが良い。雪が降って寒い日だったが、暖かい雰囲気の会だった。

3人の方の発表はどれも刺激的でおもしろかった。また、私のこれからの研究やいろいろな仕事のための示唆になるものだった。そして、私もまたしっかり研究しなければいけないと思った。このうちの2人の方は福島大学の先生で、発表の上会場校としてもいろいろお世話をしてくださった。深謝!

ところで、福島に来るのに、弘前-仙台間ではバスを使った(往復8000円である)
そして仙台から福島大のある福島の2つ南の金谷川駅までは鈍行列車でやってきた(片道1450円)。朝6時40分発のバスに乗って、例会のはじまる10分前の1時50分についた(私もまだ元気だ)。

話は飛ぶが、この金谷川駅のもう一つ南の駅が松川駅である。この金谷川と松川の間で起こった列車転覆事件が松川事件である。私が生まれる前の年に起こった事件だが、19人の被告全員の無罪が確定したのが私が中学生の頃だったので、「松川事件」と言う言葉はよく覚えている。わからないなりに捜査当局に対して憤慨した記憶がある。これは明らかなえん罪事件である。

日本音楽教育学会千葉大会

昨日から日本音楽教育学会の37回大会が、千葉大学ではじまった。
1日目の午前中の研究発表で、私は京都教育大学のS氏といっしょに司会を担当した。こういう時の司会のコツはでくのぼうに徹することである。ただ、ひたすらプログラムがスムーズに進行することだけを考えるのである。よけいなことはいっさい言わない。発表者の発表内容にコメントをつけるなどもってのほかである。そんなことをすると、議論の時間を奪うことになる。
午後のメインは大会実行委員企画の講演とシンポジウム「いま、学校音楽科教育にもとめられるもの-研究者、音楽科教員の役割を探る」
講演者は文部科学省初等中等教育局長。パネリストは、学会外の大物二人に学会員二人。これだけの大物をそろえられるコーディネーターの力に驚嘆し、また期待もしていたのだが、内容は最悪だった。
まず、局長の講演。初等中等教育行政の最高責任者である。現在の教育改革の全体像について話が聞けると思ったのだが、内容は、中教審の教育課程部会に芸術専門部会からあがってきた「音楽科、芸術科(音楽)の現状と課題、改善の方向性(検討素案)」という文書の説明だけ。この文書の存在を知らない人はいるかも知れないから、少しくらいの情報価値はあるかもしれないが、少なくとも局長が1時間もかけて話すような内容ではない。それに専門部会の委員は学会内にもいくらでもいるではないか(笑)。まあ、音楽教育学会という場に、とにもかくにも局長に来てもらうことが目的だったのなら、それはそれで仕方がない。
シンポジウムのタイトルは「学校教育と学力ーいま音楽科教育研究は何をすべきか-」
パネリストの話もさえなかった。とくに学会外のパネリストは、自分で「私は音楽の専門外だから」と言い訳しながら、結構「音楽教育はかくかくしかじかあるべきだ」という話をしていた。私たちが外部の方の話を聞く場合、その人の音楽教育論を聞きたいわけではない。その人の専門に関わる話を聞いて、私たちなりに理解し音楽教育の研究や実践に生かそうとするわけである。「専門外だから」言い訳の入った話ほどつまらない話はない。
学会内のパネリスト(いつもはおもしろいのだが)の話もまったくつまらなかった。いつもの編み目の図も出てきたが、それでもつまらなかった。結局、このシンポジウムは何を話す会だっのかがまったくわからなかった。最初から最後まで、それぞれのパネラーの話がまったくかみあわなかった。私のお隣に座っていた方はずっと寝ておられた。
教育改革に焦点をしぼるのなら、現在の学習指導要領について徹底的に議論するとか、上に述べた「検討素案」について議論するとか(そうなると私は相当緊張しただろうが)、いろいろあったはずだ。学力論なら学力論でもっと適切な専門家はいる。
企画としてどうだったか。
(もちろん、大会を準備してきた会場の大学のスタッフには感謝をするが)
コーディネーター(兼司会者)が、最後のほうでパネラーの発言とは無関係に自分の学力論を披露したこと、一番最後にフロアーの欲求不満を解消するためかも知れないないが全員合唱が行われたこと・・かえって欲求不満になった・・はご愛敬か。

和洋折衷

最初、タイトルを音楽教育事始(ことはじめ)としていたが、「事始」はあっちこっちで使われているので、変えた。

たまには研究のことも書かなければ、兄弟分に叱られる。

このところ、明治期の唱歌教育の資料の見直しを行っている。とくに音楽理論関係である(成果はまだほとんど見えてこないが・・・)。
改めて、すごいの一言である。
例えば、音楽取調掛の仕事に一つに、「東西二洋の音楽を折衷して新曲を作る」がある。
今の人で、自己の音楽観から、この折衷を相容れないものを折衷しようとしたとして、簡単に批判する人がいる。
しかし、その折衷のための作業はどのようなものだったか、この折衷はどれだけユニークなものだったか。その過程を少しでも知れば、批判はできないはずである。
また、ある一つの歴史観でこの時代を一言で切って捨てようとする人もいる(かつての私もそうだった)。例えば「明治時代は富国強兵をめざしたから、唱歌教育もすべてそのために行われた」と言うような論調である。
しかし、資料を見ていくと、明治の唱歌教育の指導者たちのまったく違った側面が見えてくる(人物像をさぐるための手紙などの資料ではない。むしろ理論研究の資料からそのような側面が見えてくるのである)
私は、このHPの中のひねくれ教育事典に冗談めかして次のように書いた。

イデオロギー 持っていると世界がよく見えたような気になるが、実ははるかに多くのものを見えなくする魔法の絨毯。かつて○X主義という魔法の絨毯を手に入れた青年は、それに乗って森の上を飛んでみた。森全体が見渡せて気持ちいい。得意になった青年は、それ以来、森の中に入ることをせずいつも森の上空を飛ぶばかりだった。魔法の絨毯を手に入れられなかったもう一人の青年は、仕方なく森の中を歩き回った。来る日も来る日も地を這うようにして歩き回った。そのうちに森の中にはさまざまな生き物が棲んでいることがわかった。その生き物と会話ができるようになった。そして森そのものが生き物であることも分かった。最後に森とも会話ができるようになった。魔法の絨毯の青年はと言うと、あんまり得意になってはしゃぎすぎたために、絨毯から転げ落ちましたとさ。「木を見気て森を見ず」より「森を見て木を見ず」のほうがはるかに危険。

○○観と言ったものこのイデオロギーとまったく同じような働きをする。「史観」「音楽観」「教育観」等々である。日常的にも私たちは「学力観」「子ども観」など「観」という言葉を好んで使う。しかし、これらは生きて働くどころか、私たちの目を曇らせる役割をする場合のほうがはるかに多い。
私の場合、このことに気づくのがややおそすぎた。

体育学会・旧友のこと

津軽は今日は雨。おまけに、予想温度は高い。蒸し暑くなりそうだ。
昨日は、体育や保健の先生たちが、忙しそうに立ち回っていた。日本体育学会が弘前大学を中心に開かれる。平年なら、もう涼しい季節だが、今年は暑いので、弘前でやることがはたしてよかったのかどうか。
体育と言えば、私は大学院生時代に体育の先生や先輩に多大にお世話になった。ひょっとしたら、大学で会えるかもしれない。

まだ、酒を飲んでない(^^; さすがにつらくなってきた。


大学時代の友人の名前をHPで見かけた。メールを出したら、さっそく返事が返ってきた。
もう、30年以上も会っていない。歳月は人をかえる。すべてがうまくいっているようでも、人は不幸や悲しみを抱えて生きているのだ。
そんなことを感じた。

論文捏造

信州大学助教授の論文盗用とねつ造。
なぜこれまで気がつかなかったのか。採用時と昇任時に論文を丹念に審査すればわかっていたはずである。推測だが、声の大きな人が是とすればまわりの人も黙認する。空気が支配していたのではないか。
それでも、信州大学は自浄能力を発揮して、きびしい処分を出した。しかし、別のケースではみんなで隠蔽工作をしたり、告発した側が逆に攻撃されたりする場合もある。信州大学のような事件がおこる土壌が、残念ながら大学には残っている。

某先輩のこと

・・・・というわけで,しばらく脳味噌のメンテのために休みました。
脳味噌のメンテはすんでいませんが,復活することしました。脳味噌は休ませたところで,少しもよくならないということがわかったからです。だからと言って鍛えたところでどうしようもないと,養老さんが言ってたような気がしますが。
よろしくお願いします。

今日は土曜日だが,朝からふつうに大学出てきて仕事をしている。まだまだ仕事が追いつかないからである。・・といいながらこんなところで駄文を書いている私がいる。

私は,中学校の頃,吹奏楽部に入っていた。1年先輩に,私の同じ名前の○○孝さんという先輩がいた。部長で,やたら頭が良くて(1学年500人くらいいる学校で常に1番だったらしい),それにまたかっこよくて女子生徒に持てた。一年下の私のクラスにもファンがいて,とても悔しかった。私はトロンボーンを吹いていたのだが,最初のポジションなどはすべてその人に教えてもらった。中学生ながら当時からとても尊敬していた。
最近その人のことを思い出して,インターネットで調べてみたら,出るわ出るわ・・・。超一流工業大学の教授で,その学問の分野では(というだけでなく様々な分野で応用されているという意味でも)世界的に超有名な研究成果がある人になっていた。
噂には聞いていたがここまでとは・・・すごい。
私も負けないように・・・というのは失礼なので,ときどき思い出しながら研究に励もう!

「学び」という言葉

前にも書いたが私は「学び」という語がきらいだ。「学習」ではなくなぜ「学び」なのか。「学ぶ」に「習う」がくっついてはなぜいけないのか。
例えば、「太鼓の学び」などと言われるとほとんどもうわからなくなってくる。太鼓は「学ぶ」よりも「習う」ものではないのか?
それでも、「学び」ならまだよいが、「学びの共同体」などと言われると頭がおかしくなりそうだ。昔から「学習集団」とか「集団学習」という言葉はあったではないか。それとどう違うのか・・・。とくに、流行しているからと言って、音楽教育関係者が何のためらいもなく、「学びの共同体としての音楽の授業」とか言う言葉を使っているのを聞くと、ほとんどうさんくさくなってしまう。
ただ、うさんくさいという理由だけで批判する訳にはいかないので、いつかきちんと検討しようと思っていたら、『現代教育科学』の11月号(No590)に柴田義松「「学びの共同体」論と学習集団」(連載の一部)という一文が掲載されていた。主として、佐伯胖氏と佐藤学氏の「学びの共同体」論批判である。批判の論拠は大きく3つ(私の理解だから、正確ではないかも知れない)。
(1)日本における学習集団の研究と実践を無視していること
(2)教科の体系的な知識の学習を軽視している。
(3)ヴィゴツキーの発達論を誤読している。
私は(1)(2)については非常によくわかったが、(3)のヴィゴツキーに関しては、勉強不足のためよく理解できなかった。やはりきちんと検討する必要がありそうだ。

・・というのは前置きで、実はとてもうれしかったことがある。この柴田氏の論文の中に一人の心理学者の名前が出ていた。ヴィゴツキーの研究者で、多くの著作のある方である。若い頃には家族ぐるみのおつきあいをさせていただいていたし、いろいろなことを教えていただいた方である。お互い何度か転勤を重ねるうち疎遠になって気になっていた方である。あまりの懐かしさにその方の勤めている大学に電話したら、ちょうど研究室におられた。もう12~3年ぶりである。短い時間だが、話ができてとてもうれしかった。メールアドレスの交換もしたので、またいろいろ教えていただきたいと思っている。


11月8日にこの欄で紹介した、プロの将棋の棋士になった瀬川晶司さんの談話が、将棋連盟のホームページに出ている。
「やっと終わってホッとしています。念願のプロ棋士になることができて、言葉では言えないくらい嬉しいです。また、自分の好きなことを一生の仕事に出来るのは幸せなことだと思います」
そうなのだ。私たちだって自分の好きなことを一生の仕事に出来ているのだ。不満ばかり言っていないで、しっかり仕事しなければならない。・・・というわけで今日の私はとっても優等生です。


ポピュラー音楽学会の会場準備で、パソコンにプロジェクターをつないでも、画面に「入力信号がありません」と出る。いろいろやってもなかなか出ない。
こういうことにとても詳しいTさんにたずねようと思って電話したがこんな時に限ってでない。くそたれが・・・。ちょっと頭がパニクってきたので冷静に考えることにし、研究室でインターネットを調べていたら思い出した。FNキーを押さえながら、LDCとかモニターの絵のついたファンクションキーを押さえて切り替えるのをわすれていた。ああ、はずかしい(^^;。Tさん、「くそたれが」とか思ってごめんね。

 

上を向いて歩こう 皇帝

カラオケで「上を向いて歩こう」をよく歌っている人と、この歌は聴いたことはあるが歌ったりしたことはないという人がいる。
この二人に異文化の音楽であるベートーベン作曲ピアノ協奏曲「皇帝」を聞かせたら、よく歌っている人は「皇帝」と「上を向いて歩こう」の旋律が良く似てい ることに気づいたが、歌ったことのない人は気づかなかった。

あたりまえじゃんと思うだろうが、これとどっこいどっこいの発表が、学会の研究発表という名のもとに行われている。こういう発表が平気で行われるのは、こ れを高く評価する人がいるからだろうが、私は研究とは認めない。もちろん若い頃には人の意見など聞こえなくなるものだし視野がせまくなるのも当然だが、あ まりにも浅はかである。こういうことは、近くの人がきちんと言ってやるべきである。もしここで言ってやらなければ、本人はずっとこういうスタイルの研究を 続けて行くのかもしれない。私もやんわり批判するつもりで質問をしたが、非常に高飛車な返答をされてしまったのでそれ以上いえなくなった。

ぜひこの欄を本人に読んでほしいと思う。たぶん心当たりはあるだろう。
私の言うことがあたってなければ、自分とは関係のないことだと無視すればよい。
あたっていると思うなら、これから少し路線変更することだ。

ポピュラー音楽学会

音楽教育学会が終わったら、次の学会が弘前で開催される。日本ポピュラー音楽学会である。重なる人もいるが、「教育」のつかないまたひ と味違った人が集まってくる。はじめての参加なので楽しみである。詳細は こちら
ただし、私はこの学会では新米でもあるので、裏方に徹するつもりである。今日は使用する教室に行ったり事務の方の説明を受けたりて使用する機材の確認をし た。沖縄大会の運営があまりにもすばらしかったので、いいかげんなことをするわけにはいかない。
できるだけのことはしたいと思っている。

今日、整形外科病院に行ってきた。足の痛みがまだ少しある。それで11月の前沢マラソンと12月の那覇マラソンは断念する。残念である。

日本音楽教育学会感想

日本音楽教育学会大会の感想を書く。
まず、運営は申し分なかった。とくに、現地の琉球大の先生方やお手伝いの院生や学生さんたちの働きは抜群だった。こんな気持ちのよい大会ははじめてと言っ てもよいかも知れない。T先生をはじめとする琉球大のスタッフのみなさんに感謝したい。
私が司会をした全体フォーラム「地域性を生かした音楽教育を考える」は本当によい企画だった。私の司会がよかったわけではない。私は「余計なことを言わず 進行役に徹する」ことに決めていただけだ(私は、そもそも司会者が他人の話に注釈をつけたり、コメントをつけたりするのはきらいなのである。つまり司会者 はでくのぼうが一番いいと思っているのだ)。何よりも、コーディネータのN先生の企画と3人のパネリストの報告が見事だったのである。
ただ、個別の発表会場の一部で発表資料が足りずに、学生さんがコピーに走るという事態があった。あいかわらず発表を聞かないで資料だけ集めていく不届き者 がいるからだ。毎年、注意はしているようだがなかなか直らない。
研究発表のレベルは全体としては高くなっている。ただ、いくつか「???」がある。自分のことは棚にあげて書く。
発表とは自己主張の場である(事実の報告であっても、その事実がこれまでの通説をくつがえすものであったり、だれも知らなかったような事実を提出したりす るような報告であれば、それも立派な自己主張である)。にもかかわらず次のようなひどい発表がある。
・横のものをたてにしただけのようなもの(翻訳し要約しただけのもの)。
・自己主張をしようとするのに聞き手を説得しようとする姿勢のまったく欠けるもの(自分さえわかればよい)。
・体裁だけは整っているが主張があまりにも当たり前でどうでもよいもの。
こういう発表を聞いていると随分時間を損したような気になる。とくに若い人の発表にこのようなものが多いのは残念だ。
かつて、私は学会誌で他人の論文を批判したことがある。しかし、それはまだその論文が批判に値するからだ。それだけ自己主張があるからだ。だからこそ喧嘩 を売りたくなるのである。喧嘩も売る気のしないような発表は、もう研究発表とは言えない。

 

 

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